幼女
玉座の間に、圧倒的幼女が歩いてくる。どこをどう見ても、8歳は超えていない。トテトテと歩きながら、書類に目を通しながら、後ろの大人たちに指示を飛ばしている。
まさか、この子の下につけと言うのか。
ラスベルは目の当たりにしている光景が信じられなかった。
「ヤン。紹介する。研修として働いてくれるラスベルだ」
「わぁ……綺麗な方ですね」
「……」
黒髪の少女は、うっとりしたような瞳で見つめる。顔の形は精緻に整っているので、かなりの美幼女なのだが、あまりにも流暢な言葉に、果てしない違和感を感じる。
「能力も申し分ない。テナ学院では、首席だったそうだ」
「テナ学院……って、師のいたとこですよね?」
「ああ。そこでも、僕を超えるほどの成績を叩き出していたらしい」
「凄っ! だったら、即戦力じゃないですか!? じゃ、早速。南のゴレイヌ国の要人と会って、条約を結びたいんです。その力を貸してください」
「……っ」
ムチャ振り中のムチャ振り。
しかも、いきなり。
こんな幼女中の幼女から、流暢なムチャ振りをされて内心では戸惑いまくっていたが、ヘーゼンの手前、動揺しているのを悟られてはいけない。
周辺諸国との関係は、一通り予習をしていたので把握している。どうせ、できないと思っていて振っているのだろうが、可能性がなくはない。
キッチリとやってやろうじゃないか。
ラスベルは軽やかに余裕の笑顔を浮かべて頷いた。
「わかりました。まずは、どうやって彼らと接触するかですね」
「それは、すでにナンダルさんと言う商人が販路を拡げてくれてます。彼経由で、なんとか接触を試みたいのです」
「……よく、そんなことをこの短期間で」
ノクタール国までの道中、大方の情報収集は行なっていた。イリス連合国と敵対するにあたり、北のタラール族、南のゴクナ諸島の海賊への牽制をどうするか気に掛かってはいたが。
「わかりました。ゴクナ諸島の海賊を挟み討ちするような素案をいくつか作り要人との交渉に向かいます」
「ああ、ちょっと待ってください。ラスベルさんの護衛士の手配がまだ追いついてなくて」
「ご心配なく。道中、腕に覚えのありそうな護衛士を数人雇ってます。私自身、そこら辺の魔法使いに負けるつもりはありませんし」
そう答えると、幼女はクリクリな瞳を大きく開いて、口をアウアウする。
「あううっ……有能。なんですか、師。この人、凄いんですけど!?」
「いや、期待以上だな。これは、驚いた」
「……」
それは、激しくこっちの台詞だと思う。この流暢な幼女はいったい、なんなんだろうか。自分がこのくらいの歳の頃と、あまりにもかけ離れ過ぎている。
そんな戸惑いをよそに、ラスベルはいくつか気に掛かった疑問を口にする。
「あの、ドルカ族への対応はどうするつもりですか?」
「ああ、それは私が行きます」
「……っ」
信じられない。異民族の対応など、ゴレイヌ国との交渉なんかよりも、遥かに難易度が上だ。果たして、この幼女はその点をわかっているのだろうか。
「ヤン、行くはいいが護衛士はどうするんだ?」
ヘーゼンが横から口を挟む。
「えへ……カク・ズさん貸してください」
ヤンは可愛い子ぶって、両手をヘーゼンに向かって差し出すが、雑に払われる。
幼女はガビーンという表情を浮かべる。
「ダメだ。ガダール要塞は、常に狙われてるんだぞ? 想定外の奇襲を受けた時に対処できない」
「そこを人員配置でなんとかしてくださいよ!」
「ない袖は振れない。いい加減、その甘え体質をなんとかしろ」
「キーーーっ! こっちだってフル稼働でやってるんですから!」
「自分の身を省みない君が悪い。ラスベルの周到さを見習いなさい」
「あの……」
2人が言い争っている中、ラスベルが手をあげる。
「もし、よければ私につく予定の護衛を貸しましょうか?」
「ほ、本当ですか!? 助かりまーー「駄目だ」
「……」
「……」
・・・
「キーーーーっ! なんでダメなんですかなんでダメなんですかなんでダメなんですか!?」
幼女がブンブンと腕を回すが、ヘーゼンに頭を抑えられて届かない。
「その護衛が信用できるかわからない。ラスベルの護衛についても、ノクタール国の信用できる兵たちで代替しようと思っていた」
「じゃ、じゃあその兵を私にください!」
「君は不能者なんだから、戦力が足りない。万が一にも君を失う訳にはいかないからな。ヤン、君はもっと自身の安全について考えなさい」
「だ、だったらどうしろって言うんですか!?」
「そこを考えるのが君の仕事だ。横着をするな」
「キーーーー! キーーーー! キーーーー!」
「猿みたいに騒ぐな。ラスベルを見習え」
「うっ……うえええええっ! お姉様ー! この男を今すぐに撲殺したいんですが、なにか、いい手ありますかー!?」
「……」
幼女にワンワン泣きつかれ、ただただ戸惑うラスベルだった。




