ラスベル
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テナ学院の教室で。バレリアはキョドキョドとした、いかにも申し訳なさそうな表情を浮かべて着席していた。
緊急の面談である。
対面で座っているのは、青色の長髪が印象的な女子生徒だった。スラっとしたモデル体型で、誰もが見惚れるほどの美少女である。
名は、ラスベル=ゼレスと言った。彼女は、大きな琥珀の瞳を、見開きながら書類を見つめる。
「ヘーゼン=ハイム……って」
「ああ。かつては、ダリ姓を名乗っていたがイカれ……少々立て込んだ事情があり、今はハイム姓を名乗っている」
「行きます」
ラスベルは、躊躇なく答えた。
「……ほ、本当にいいのか?」
「もともと、私は彼の下につきたいと思ってました」
その言葉に、迷いはない。
大陸最強の魔法使い。子どもからの憧れだった。いや、魔法使いだったら、誰しもが一度は夢を見るものだと思う。しかし、誰もが自身の限界を知り、現実を知り、方向修正を余儀なくされる。
そんな中、ラスベルは、未だその夢に人生を捧げていた。彼女には、生まれつきの膨大な魔力と天才的なセンスを兼ね備えていたからだ。
それに見合う努力もした。毎日、休むことなく修練をし、勉学もした。社交などは必要最低限。誰もが大陸一の魔法使いと認めるよう、人間性だって日々磨いているつもりだ。
そんな中、テナ学院に入って愕然とした。
至るところに存在するヘーゼン=ダリという異常な足跡。毎期毎に史上最高得点を超えるつもりであったが、それが、いちいちとんでもなかった。
それから、ラスベルは己の努力がいかに独りよがりであるかを知った。
意識を変えて、より魔法や勉学に勤しむようになった。大陸一の魔法使いになるはずの自分が、こんなところでつまずく訳にはいかない。
結果、血の滲むような努力を経て、全ての期でヘーゼンの得点を超えることに成功した。必死と言う言葉では生ぬるい。自身の限界の限界の限界を振り絞った。
この時、ラスベルは初めて、自分で自分のことを褒めようと思った。これ以上の努力などできないほど、努力を重ねたのだから。
だが。
同時にヘーゼンという魔法使いがどのような人かが気になっていた。バレリア先生は、かつて、彼の担任だったと言うが、彼女に聞くと異常な怯えの感情を示す。
他の教員にたちも聞き回ったが、誰もがヘーゼンについて話したがらなかった。
それ以上、無理に聞くこともできずに、最上学年にまでなった。進路は、ヘーゼンと同じ将官試験を受けて、こちらも史上最高得点を取るのだと張り切っていた。
しかし、聞くところによると、将官試験で主席を取ったのは、彼ではないと言う。ラスベルは困惑した。
そこまで、帝国将官というハードルは高いのか。それとも、なにか他の意図があるのか。寝ても覚めても、ヘーゼンのことだけを考えていた。
「ほ、本当にいいのかな?」
「もちろんです。是非お願いしたく思ってます」
「……」
教師のバレリアは、物凄く動揺した表情を浮かべている。それが、なぜなのかがよくわからなかった。
「……恐らくだが、辛いことになると思う」
「覚悟してます。最前線の戦地に赴くのですから」
「そう言うことじゃない」
バレリアは目をつぶって、なにやら葛藤めいた表情を浮かべている。
「あの……先生。このお話になにか思うところがあるのでしょうか?」
「……いや。君の才能は知っている。君の努力もだ。私がこれまで見たことがないほどの優秀さだ」
「……」
「だが、ヘーゼン=ハイムと言う魔法使いは、その……才能とか、努力とか、そう言う尺度では語れないところがある」
「私では太刀打ちできないと?」
ラスベルは静かに尋ねるが、内心では憤慨していた。要するに、バレリアはヘーゼンの方が優れた魔法使いだと言っているのだ。
彼女はそれから、なにか言いたそうだったが、やがて、ため息をついてつぶやく。
「私が言えることは1つだ。どうか、無事に帰ってきて欲しい」
「……わかりました。成長して戻ってきます」
ラスベルは席を立ち、颯爽と教室を後にした。




