聞き間違え
「あえ?」
ブギョーナは、耳を疑った。ロギアント城が陥落? 言っている意味がわからない。ほんの最近、イリス連合国がガダール要塞を奪還したはずだ。手前の要所が塞がれているのに、なぜその先の拠点を落とすことができる。
それに……ロギアント城? いや、絶対にありえない。
あそこは難攻不落の城として名高い。しかも、イリス連合国の要所中の要所だ。常に5万を超える兵が配備され、幾重にも張り巡らされた魔法壁は数千発の魔法を放っても崩れない。
将軍及び軍長なども強力で、こちらが手を出すとすれば、相当な準備と戦略が必要だ。
ああ、そうか。ミスだ。
顔面採用の弊害により、ブギョーナの執事は、総じて失敗が多い。重要な任務は、当然ベテラン女性秘書官に任せるが、この任務は半ばプライベートのようなものだ。こんなもの小娘で十分だと思っていたが、こんなこともできないのか。
まあ、可愛いから許すけども。
「でゅふ……聞き間違えているぞ。もしくは、勘違いしているか」
「え、ええ? いや、そんなはずはないんだけどなぁ」
トロトロと、若い女性秘書官は書類を見返す。ところどころ、タメ口になっているし、動きも遅い。他では、まず雇われない類いの人材だろう。
「でゅひょひょ……」
ブギョーナ自身、有能じゃない部下は嫌いではない。そのあたふたした様子が可愛くて、性的な興奮を覚えるから。それを、指摘して許してあげることで、自身の株も上がる。今回に関しても、あまり怒りの感情はない。
それどころか。
――先ほどは悪いことをしてしまったな。
太った男は、先ほど取り乱してしまった自分自身を大いに責めた。彼自身、あまり部下を叱責するタイプではない。それをすれば、嫌われる。怖がられる。
ブギョーナは顔のよい秘書官に対して、極めて紳士的な対応をしていた。
「でひょ……あいいか? 慌てずに、ゆーっくり。深呼吸でもして。あ私は焦ってはいないから」
「……っ、あ、ありがとうございます」
彼女を安心させようと、太った男は、ニチャアと唾液をネバつかせた生暖かい笑みを浮かべる。若い女性秘書官が一瞬顔を上げたが、思わず下を向きながらお礼を言う。そんな彼女の顔を見ながら、『照れちゃって』と微笑ましい気持ちになる。
そう、ミスは誰にでもあるものだ。
「ええっと……うん、やはり間違いないですね。報告書にもしっかりと書いてある」
「……あうん?」
若い女性秘書官の言葉に対して、ブギョーナは若干怪訝な表情を浮かべる。
「いや、そんなはずないから。ヘーゼン=ハイムを左遷し、1ヶ月しか経過していない。ノクタール国はすでに虫の息。そんなことは起ころうはずはないだろう?」
「それは……わからないです」
「……」
「……」
「も、申し訳ありません」
「あいや、いいんだよ」
ブギョーナは再び、唾液をネバつかせたニチャアと笑顔を浮かべる(若い女性秘書官は顔をそらす)。
物事には因果関係があり、上官に報告すべきものは、それを整理するものだ。そうではないと伝書鳩と同じ。質問などされた時に、再び調べる行為ーーいわゆる出戻りが発生する。
まあ、顔面採用だから、と心の中でため息をつく。
「あ仕方ない。賞味期限切れで我慢するか。ボーネオ秘書官を呼んでくれ」
「……はい。わかりました」
若い女性秘書官は、お辞儀をして去って行く。ボーネオ秘書官は、いわゆる重要任務を任されている最古参の女性秘書官である。
ベテランかつ有能なのだが、口うるさいのが煩わしい。若い女とキャッキャしてたいブギョーナとしては、あまり会いたくはない。
トントントン。
数分後、ノック音が響いた。
「入ってよろしいでしょうか?」
「あどうぞ」
ボーネオ秘書官がお辞儀をして執務室に入ってくる。
「あさすがだな。許可を得て、キチンと入る。社会人の基本だ。あやはり、最近の若い者と君は違うな。年季が違うよ年季が。あまるで、巨木のような安心感だ」
「……業務を執り行う執務室で、不適切な行為に及ぶことの方が、社会的にはどうかと思いますが」
「ぶひょ……ゴホンゴホン。あそんなことはいいんだ。あ君に聞きたいことがある」
強引に先ほどのことをなかったことにして。ブギョーナは話を先に進める。
「あロギアント城が陥落したという報があるそうだが、あなにかの間違いだろう?」
「いえ。信じられない話ですが、どうやら本当のようです」
!?
「あひょ……そ、そんなわけないだろう!? どこをどう立ち回ればそんなことが起きる」
「確かです。私もにわかには信じられずに部下を数名送りましたが、実際にロギアント城に入って確認したそうです」
「あう……う、う、うひょ……嘘だ」
「聞くところによると、ヘーゼン=ハイムが陥落させたようです」




