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エマ(4)


          *


 エマが仕事を終えて邸宅に戻ると、豪快な笑い声が聞こえてきた。


 父のヴォルト=ドネアである。どうやら、来客のようだ。彼女はすぐさま荷物を置き、側にいる執事に尋ねる。


「誰と話してるの? ご機嫌ね」

「バレリア先生でございます」

「えっ!? 本当に」


 思わず表情をほころばせ、エマは急足で来客室へと向かった。


 バレリア=ヴァロン。かつて、テナ学院に在学していた時、お世話になった恩師である。部屋の中に入ると、彼女は座って父と話をしていた。相変わらず燃えるような紅髪の美人だ。


「お久しぶりです、先生」


 エマは、満面の笑みでお辞儀をする。


「おお。元気そうだね」


 変わらず、弾けるような爽やかな笑顔が印象的な先生だ。それに、いつまでも、若々しい。教師として充実した日々を過ごしている証拠だろう。


「今日は、どうしたんですか?」


 父のヴォルトは、テナ学院の院長だが、同時に皇帝陛下の側近でもある。したがって、年に数度ほどしか学院には顔を出さない。しかし、バレリアは現役の教師なので、普段はこの天空宮殿にはいない。


「いや、ちょうど近くに親族の集まりがあってな。ついでに、院長に報告をと。それに、活躍している教え子にも久しぶりに会いたいと思って」

「そんな、活躍だなんて」

「聞いたよ。1年あまりで中級内政官に昇格とは恐れ入った」

「も、もうそんなことまで知ってるのですか?」


 エマはビックリして尋ねる。内示を受けたのも今日なのに。すると、隣で座っていたヴォルトが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「ふっふっふっ……ワシの情報網を甘く見たら困る。すでに、裏では根回しが進んでいたからな。ライリー上級内政官という男、なかなか見る目がある」

「お、お父様」

「ははは……まあ、親バカにもほどがあるな。普段は、このようなことを面倒くさがる生粋の武人が、娘のこととなると必死で情報を仕入れるのだから」

「……お恥ずかしいです」


 エマは顔をリンゴのように赤くする。


「他の者たちも元気かね?」

「カク・ズも頑張ってますよ。先生のおかげです」


 バレリアは、カク・ズの格闘の師匠だ。技術的なことは全て、彼女が叩き込んだ。


「いや、彼は溢れるばかりの才能があったからね」

「ヘーゼンも、いつも通り元気です」

「……ははっ」


 彼女は、如実に表情を曇らせながら、なんとも言えない苦笑いを浮かべた。持っていたティーカップが震えている。


 以前、セグゥアというクラスメートがヘーゼンに勝負を挑み、結果、奴隷にさせられている。担任であるバレリアは、目の前で生徒が生徒の奴隷とさせられたことについて、今でもトラウマを抱えているようだった。


 そんな中、今朝の手紙のことがエマの頭の中によぎる。


「あの……先生、1つ相談があるのですけど」

「なんだい? 可愛い元生徒のお願いだったらなんでも聞くよ?」

「ヘーゼンから有能な人材をよこしてくれって相談があって」

「……っ」


 ガシャーン、とバレリアはティーカップを落とした。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。わ、わ、私としたことが」


 かなり取り乱した表情を浮かべながら、バレリアは割れたティーカップをかき集めようとする。慌てて執事がその役を変わったが、相当にテンパっている様子だ。


 多分、嫌なんだろうなとは伝わってくる。


 だが、この先生は戦場での経験もあり、ヘーゼンとの面識もある。これ以上の適任は考えても見当たらなかった。


「優秀な人材と言えば、バレリア先生しか思いつかなくて。なんとか、力になってあげられませんか?」

「わ、わ、わ、私? いやいや、私なんて全然だよ。むしろ、クズだ。生粋のダメ女だよ。本当に」

「そんなことありませんよ。お願いします! なんとか、ヘーゼンを助けてあげてください!」


 エマは深々と頭を下げる。


「あ、あいにくだが、私も教師の生活が忙しくてね」

「ええよ」


 隣にいたヴォルトがつぶやく。


「……」

「……」


          ・・・


「えっ?」


 バレリアは、思わず聞き返す。


「あ、あの……『ええよ』とは」

「ヘーゼンの助けじゃろ? 行ってあげればいい。院長として許可する」

「で、でも私は教師としての生徒を教えることに――」

「今は休校期間じゃろう。2ヶ月くらいなら、手伝えるじゃろう?」

「……っ」






















「優秀な生徒をよこしますから許してください」とバレリアは土下座した。


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