エマ
*
有能な人材をよこしてくれ。
ヘーゼン=ハイム
*
「……っ」
天空宮殿内の貴族邸宅。深窓の令嬢は、その場で手紙をバラバラにした。そして、間髪入れずに地面へ投げ捨て、足でガンガンと踏みつける。
「はぁ……はぁ……」
「お、お嬢様! どうされたのですか!?」
あまりの取り乱しように、執事のドクートリが慌てて尋ねる。
「な、なんでもないのよ」
笑顔でエマはそう答える。なんでもない。確かに、なんでもないのだ。いや、なんでもないことが腹が立つと言うか。
ヘーゼン=ハイムが、手紙の中でも、ヘーゼン=ハイムだっただけのことで。
挨拶も、枕詞も、近況の報告もなし。端的に自分の欲しいものだけ要求してくる。いったい、なんだって言うのだ。
「やる訳ないでしょ! こっちだって忙しいんだから!」
エマはプンプンと肩で怒りながら、農務省へ向かう。
異常なる出世で、ヘーゼンは優秀な将官が10年はかかる大尉級(文官だと上級内政官)に1年あまりで昇格した。
だが、こちらは未だ下級内政官の下働きだ。長残など当たり前。あいにく、唯我独尊過ぎる男の我儘に構っている暇などないのだ。
ドネア家の令嬢と言うことで、自分は相当に優遇されている身だ。新人いびりも受けてはないし、上司にも恵まれている。仕事にはやり甲斐も感じている。ヘーゼンのことなんか忘れて、仕事仕事。
「よし、今日も一日ーー」
だが。
「何度言ったらわかるんだ!? この書類のここ! 読みにくい! なんでこんなことができないんだ! お前は、子どもか? こ・ど・も・か!?」
「も、も、申し訳ありません!」
職場に到着した途端に、怒号と謝罪の声が交互に響く。
「……」
また、始まったとエマは思った。歳上の嫌味な先輩、マルナールが同じく新人のガダメンに説教をしている。
性格上、他者がイビられたり、嫌味を言われたりすると、いたたまれない気持ちになってしまう。慰めてあげたいところだが、こちらは歳下の新人の女だ。そんな事をすれば、むしろ、屈辱でしかないだろう。
「だいたい、なんで文章になるんだ? お前の目は、いったいどうなってるんだ?」
「す、すいません……」
かれこれ1時間。仕事よりも説教の方が多くなってしまっている。ヘーゼンの影響だろうか。こんなところを見ると、なんとも無駄に感じてしまう。
「……」
ガダメンが、ヘーゼンだったとしたら。いったいどんな感じになるだろうか。
*
「だいたい、なんで文章になるんだ? お前の目は、いったいどうなってるんだ?」
「失礼します」
「……っ、うぎゃあああああああぎぃいいいいいいいいいいい!」
「なるほど……これが、先輩の目ですか。興味深いですね」
ヘーゼンは瞬時にマルナールの眼球をくり抜いて、観察する。血 当然、目から血が吹き出して100%失明している。
「ひっいいいい、ひっひいいいいいいいい! な、なにをするんだ!?」
「いや、この文章で意味がわからないのだとしたら、目が悪いか、頭が悪いかしかないので、どちらか確かめさせてもらいました」
「……っ」
ニッコリ。
「確認したところ、目の機能は普通だったので、頭ですね悪いのは」
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!
「あぎゃあああうえおええええあええええええてつえあ! やめ、やめえええええうあえええええええええええええっ!? し、死ぬ! 死んでしまああああああああ」
「ああ。別に構いませんよ、死んだって」
*
みたいなことになるんだと思った。




