統治
ロギアント城制圧後の統治。それは、ヤンによって迅速に行われた。この少女はドグマ大将に守備を固めさせた後、速やかに必要な文官を呼び、城内に住んでいる民の把握に努める。
統治は非常に重要だ。捕虜となった兵たちの把握。食事の配給計画。民への不安の解消。暴動などが起きると、せっかく取った城がすぐさま取り返されてしまう。
忙しなく仕事が進む中、ヘーゼンもまた忙しなく立ち回る。
「民の様子はどうだ?」
「微妙ですね。もともと、ノクタール国が統治してたんですけど、弱小国家ですからね。不安が大きいのだと思います」
「そうか……」
「カク・ズさんを呼びますか?」
ロギアント城の規模は、かなり大きい。地理的にも重要な拠点なので、今後、激しい奪還戦が予想される。確かに、防衛面の強化は悪くない提案だ。
しかし、ヤンの提案に対しヘーゼンは首を横に振る。
「いや。ドグマ大将に統治させた方が民は安心するだろう。少し、他の少将を移動させる形でバランスを取ってくれ」
「わかりました。師もそろそろ休まれては?」
「まだ、やることが千個ほどあるんだが」
「はいはい。私がやっておきますから。そのために私を呼んだんでしょう?」
「……わかった」
ヘーゼンは、この少女がいなかった時のことを考えた。少なくとも計画は5年ほどは遅れたのではないだろうか。
感謝代わりにヤンの頭をガシガシとなでた後、ヘーゼンはフラフラっと自室へと戻った。さすがに、少しだけ疲れた。放出した魔力が戻るのは、いつくらいになるだろうか。
通常の魔法使いは、数日あれば戻るが、ヘーゼンの魔力量は破格だ。これだけ使用すれば数ヶ月は怪しい。
ベッドへ寝転がると、さらに眠気が襲ってくる。カク・ズ、ギザール、ともにフル稼働中なので、熟睡はできない。暗殺の危険もあるので、身体だけを休ませて、脳みそは仮眠状態にする。
……としたいのだが、問題が山のようにあり思考が次々と流れ込んでくる。
「くそ……駒が足らない」
1つの城を取るだけで、このザマだ。これから、統治する城が増えていくにつれ、指示が行き届かないことも増えてくる。
ヤンは常にドグマ大将と行動するよう命じてある。あの老人は優秀で、周囲の部下もよく守っている。まず、暗殺の心配はない。
だが、そうなればヤンをロギアント城に貼り付けざるを得ない。巡回した時に感じだが、民はドグマ大将を慕っている。ノクタール国の領地であった頃、若き彼がかなり奮闘したようだ。
ここの統治は、ドグマ大将でなければ難しいのだ。
とすれば、ヤン並みの内政官。もしくは、カク・ズ並の戦士。贅沢を言えばキリがないが、欲しい。
「はぁ……」
とは言え、得難いことはわかっている。ヤンはひょんな幸運で手に入れたが、カク・ズは違う。ヘーゼンが徹底的に仕込んだ。
あと、目をつけた駒は、領主代行のラグ。商人のナンダル。元将軍のギザール。変態のモズコール。秀才少女のシノン。
「ダメだ」
どいつもこいつも塞がっている。
ヘーゼンは起き上がって手紙を書き始める。
そして、30分ほどが経過した時、ドアがガチャりと開いた。
「師! 休んでくださいって言ったのに!」
「っと。しまった」
プンスカ怒るヤンの声で、つい仕事をしていたことに気づいた。
「そんなに働き過ぎると、早死にしますよ」
「その可能性は低いな。魔力の高い魔法使いは長寿傾向にある」
「はいはい。ウンチクはいいですから。ベッドに入って寝てくださいよ。私がここで働けば、護衛もつくでしょう?」
「……そのために来たのか?」
「働く場所なんて、どこだって同じですから」
「……」
ヤンはそう答え、机に置かれた大量の書類を処理し始める。ヘーゼンはその様子をしばらく見ていたが、やがて、フッとため息をついてベッドの中に入った。
「おやすみなさい」
「……ノクタール国の将校に寝首をかかれる可能性は?」
「その時は、自分の性格の悪さを呪い、素直に死んでください」
ヤンは笑顔で答えた。




