制圧
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ロギアント城の正門が破壊され、一気にノクタール国の兵がなだれ込んだ。城内の兵たちは、目論見通り恐慌状態に陥る。主たる指揮官たちがことごとく戦死して、残る軍長も全て城の外にいるのだから、無理はない。
ドグマ大将を始め、ノクタール連合国の将校たちはすぐさま城の制圧に乗り出した。各所に散らばって、要所を制圧する。
そんな中。ゴメス少佐が急ぎ足で報告にきた。
「クド・ベル将軍が北門から兵を連れて脱出しました」
「撤退か。いい判断だ」
ヘーゼンはチッと舌打ちする。恐らく、こちらが満身創痍であれば、決戦を仕掛けてきたであろう。状況判断の優れたよい将だと評価できる。
城の外にいる部隊も、可能であれば捕虜にしたかったのだが、クド・ベル将軍の指揮下に入って、過半数は持って行かれると算段した。
「残ったイリス連合国の兵たちに降伏を促せ。捕虜は殺さず、丁重に扱え」
「はっ!」
「暴行などをすれば、厳罰に処す。例外はない」
「……はっ」
ノクタール国の兵の中には、家族や友人を殺され、恨みを募らせている者もいるだろう。なので、ことさらに強く言い含めた。
「ドグマ大将とヤンは?」
「城郭で指揮して兵を再配備しています」
「やはり、頼りになるな」
守備において、早々に陣立てをしようというのだろう。このロギアント城での籠城がいかに有用であるのかをわかっている。
「では、僕は正門へと行く」
「は?」
「破壊した門の代わりに、守らなければ。敵が隙をついて来ないとも限らない」
「……そ、それをお一人でされるのですか?」
「適材適所だ。僕にしかできないから、僕がやる。ただ、それだけのことだ」
「……本当にもの凄いお方だ」
ゴメス少佐は思わずつぶやく。
「けっ! 認めたくはないが、天才ってヤツだな」
ジミッドがこちらに来て、忌々しげに吐き捨てる。大方、制圧は終わったようだ。
「天才……それは、褒め言葉か?」
ヘーゼンは首を傾げながら尋ねる。
「あ、当たり前だろう! 他になにがある!?」
「それなら、他の言葉にしてくれ。そう呼ばれ戦ってきた者たちは、だいたい潰してきている」
「……っ」
この黒髪の魔法使いにとって、『天才』とはいわゆる『凡人』のことだからだ。ある弟子を、『平凡な天才だ』と表現したことがある。所詮は、どこにでもいる、ごく一般的な寵児だ。
「い、嫌味な野郎だ」
「事実を言っただけで嫌味と言われるのは心外だな」
「……訂正する。ヘーゼン=ハイム。お前は、本当に性格の悪い野郎だ」
「君の方が意地が悪いんじゃないか?」
「なっ……」
「才能の有無なんて、先天的なものだ。そんなもので褒められても嬉しくもなんともない。むしろ、その後にどう才能を伸ばすかの方が重要だ」
「…‥再度、訂正する。異常に性格が悪い!」
「まあ、君の評価など、僕にとって影響はないから、どうだっていいがね。まあ、好きに言ってくれ」
「……うぐっ」
ジミッド中将は、口をあぐあぐさせながら唸る。そして、そんな様子など気にも留めずに、ヘーゼンは笑顔を浮かべて彼の肩を叩く。
「しかし、ご苦労だった」
「はっ! ご苦労? 俺たちがいったい、なんの役に立ったというんだ?」
「度重なる猛攻に耐え、陣を乱さなかった。お陰で、戦線が崩壊せずに、スムーズに正門に入れた」
「……」
「君の活躍も見ていたよ。魔法使いたちの揺らぎを、君は見逃さずに責め立てていたな。お陰で大分彼らの戦力を削げた」
「……それは、あのちびっ子が言ったから」
「言うだけだったら誰でもできる。あの場で、考えて実践ができるのはよい将の証だ」
「……お前、熱でもあるのか?」
「熱? ないよ」
ヘーゼンは首を傾げる。
「なんか……気持ち悪いな、そんなこと言われるのは」
「正当な評価を言われるのが気持ち悪いとは。変わった性格だな」
「お、お前だけには言われたくない」
ジミッド中将が居心地悪そうに、首をすくめる。
「僕だけではロギアント城の制圧には至らなかった。共に戦い、勝ち取った。だから、戦友に労いの言葉を贈った。至極、普通の振る舞いだと思うが?」
「戦友……」
「嫌か? まあ、あくまで僕が思っていることだ。君がどう思おうと自由だ」
「い、嫌じゃねぇ! 嫌じゃねーよ」
「変な男だな。まあ、いい。では、僕は正門に向かうから。困ったことがあれば、ヤンに指示を仰げ」
そう言い残して。
颯爽と馬を走らせるヘーゼンの背中を、ジミッド中将はジッと見つめていた。




