斬撃
*
遡ること数日前。
「貸してくれ」
「……はっ?」
「雷切孔雀」
ヘーゼンは満面の笑顔で、ギザールに手を差し出す。元将軍には、いつもながら、この異常者の意図が図りかねる。
「いや、せっかくだが改造とかは……」
「そうじゃなくて、僕が使う」
「……っ」
ギザールは絶句した。
「ふ、ふざけるなよ! 銘を持つ魔杖って言うのは、本人と一心同体のものだ」
「違うよ。魔杖は魔杖だ」
「くっ……」
そうだった。この男に感情などないのだ。魔杖への愛着など、いくら説いたところで無意味だ。
「だ、だったら。ナンダルのことを守れなくなるぞ?」
「はい」
ヘーゼンは手に持っていた魔杖を、ギザールに差し出す。
「……これは?」
「新しい魔杖」
!?
「俺に使える訳ないじゃねぇか!」
ギザールは思わず叫ぶ。『はいと』手渡されて、『はい、じゃ使いまーす』と使えるものじゃない。
ヘーゼン=ハイムじゃあるまいし。
「心配ない。前に雷切孔雀を分析した時に、魔力の癖は掴んだ。同じような波長のものだから慣れれば使えるだろう」
「な、慣れる前に敵に襲われたら?」
「慣れろ」
「……っ」
*
と言うやり取りを経て。今、雷切孔雀はヘーゼンの手元にあった。近距離であれば、かなり強力な魔杖である。
取り上げた理由は、どちらかと言えば、ギザールの能力向上を狙ってのことだった。彼は近距離には滅法強いが、遠距離では役立たずだ。
この先の戦いは、更なる激戦が予想される。潜在能力では、ギザールはもっと上にいけるが、飄々とした性格なので、やむにやまれなければ能力向上を図らないだろう。
怠惰な者には鞭を。それが、教育方針である。
なので、ヘーゼンとしたら、雷切孔雀を使う意図はなかった。そして、それを使わされたことは、戦が予想外の盤面へと移行していると言うことだ。
近接攻撃の魔杖は、ヘーゼンの波長とは相性が悪い。雷切孔雀はなんとか使用可能なものの、最大限に効果を出せるのは、やはり、ギザールらしい。
なんとか、首は飛ばすことはできた。
しかし。
「……やはり、多用できないな」
ヘーゼンは、ボソッとつぶやいた。当然、この戦に入る前に何度か使用感を確認した。連続する分には問題はないが、他の魔杖を使う時に、どうしても異物感が残り続ける。
他の魔法にまで影響をきたしかねないので、どうしても単発的にしか使えない。
常勝するために、勝率を極限まで上げる必要がある。なので、毎度、奥の手を使うようでは、必ずいつか死ぬ。今回、使用したのは、その4段階手前だったが、万に1つで死ぬ可能性はあっただろう。
万に1つなど、そうそうあってはならない。
そう自身の未熟を反省をしながら。ヘーゼンは雷切孔雀を投げ捨て、再び地空烈断に持ち替える。
ジジジジジジジジ……
地面に先端をつけ続けることで、魔力を鋭利に研ぎ澄まし、極大の斬撃を放つ魔杖である。長い時間をかけること。また、膨大な魔力を消費するなど代償は大きいが、その分、効果も大きい。
その異常なる音に。
「ううう……うわああああああっ!」
前方の敵兵が戦線を離脱し始めた。
バガ・ズ将軍が戦死したことで、やっと敵の士気が崩れ始めた。後ろにいる軍長たちも、檄を飛ばしているが、すでに効果はない。
ジジジジジジジジジジジジジジ……
蜂の巣を散らすように。敵兵たちが左右にバラけて逃亡を始める。すでに、前方には誰もおらず、目の前にはロギアント城の正門だけになった。
ヘーゼンは鼓膜を開いて、周囲を見渡す。
敵も味方も、誰もがこちらの事を見ていた。彼らは同じ表情を向けている。敗北の絶望でもなく、勝利の充実でもなく、ただ、自分のことを恐怖の対象として。
「……それでいい」
そうつぶやいたところで、ふと、ヤンが視界に入った。そして、この少女だけが、恐怖以外の表情でこちらを見ている。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ……
十分な距離と溜めができたところで。
「やめろ……」
「……」
どこかの軍長だろうか。
消えいりそうにつぶやく声に、ヘーゼンは振り返りもせず。
ロギアント城の正門を真っ二つに斬った。




