バカ・ズ将軍(2)
魔法使いにもタイプが分かれる。近接攻撃を得意とする者。遠距離攻撃を得意とする者。バガ・ズ将軍は前者でヘーゼンは後者だ。
現時点では中距離で条件はほぼ同じ。だが、刻一刻と近距離に近づいている。止まれば戦列が崩壊することを考慮すれば、明らかにヘーゼンの方が不利な盤面だ。
「参った」
ヘーゼンは思わずつぶやいた。必要なのは、中・近距離に即した魔杖。だが、この魔法使いには、遠距離攻撃ほどのセンスがない。理想を言えば、そこまでにケリをつける算段でいたが。
奇扇ノ理と氷雹障壁。
広範囲の斬撃への対処は、これが最善である。だが、見事に対処された。そして、相手はこちらが不利になるように、次々と斬撃を繰り出してくる。
ヘーゼンは、奇扇ノ理で全斬撃を跳ね返す。だが、バガ・ズ将軍の身体能力が恐ろしいほど高い。全ての斬撃をことごとく躱してきた。
「くっ……」
ますます、厄介だ。この男は、四伯のミ・シル。そして、カク・ズと同じゼクセン民族だ。彼らの民族は生まれつき身体能力が強い。
中でも、驚異的な潜在能力を持つ類いの男だ。
無論、あの2人並みということはないだろう。ミ・シルは大陸最強と謳われる猛き華だ。その身体能力すらも比肩のないほどと謳われる。
また、カク・ズはヘーゼンの英才教育によって育てられた異端児。常人ならば1日で発狂するほどの訓練に耐え切った、まさに異常なる肉壁だ。
だが、それでも身体強化魔法をまとったヘーゼンよりも早い。
数回ほど、同じような攻防が繰り返される。互いに、この距離での決め手はない。
2人の距離が近づくになるにつれて、この不利は大きくなる。ヘーゼンは螳螂王斧を返しきれなくなり、いずれは喰らってしまうからだ。バガ・ズ将軍は紛れもなく、強敵だ。
「仕方ないな」
ヘーゼンは、思わず口にした。本当に、気が進まない。だが、そこまでの強敵に対して出し惜しみをする余裕はない。すべて最善手でいかなければ、それこそ足元をすくわれかねない。
「……」
「……」
互いに言葉を交わすことなく、バガ・ズ将軍は螳螂王斧を次々と繰り出してくる。
こちらも、奇扇ノ理で返すが、段々と返しきれずに、いくつかの斬撃は氷雹障壁によって対処された。
互いの距離が、だんだんと近づいてくる。
そして。
近距離まで来た。瞬間、ヘーゼンは奇扇ノ理を投げ捨て、代わりの魔杖を取り出した。
その魔杖は、切れ味のよい名刀のような形状だった。
「終わりだ」
バガ・ズ将軍はニヤリと笑い、螳螂王斧を繰り出す。切り札を最後まで隠していたのだろう。
その斬撃は百余り。より広範囲に、8方向から繰り出された。当然、奇扇ノ理と氷雹障壁では対処できない。
だが。
ヘーゼンはすでに、そこにはいなかった。
そして。
次の瞬間。
黒髪の魔法使いは、バガ・ズ将軍の背中に出現していた。跳躍し、彼の首の高さまで飛び上がった状態で。
切れ味のよい名刀のような魔杖を水平方向でかざしながら。
「なん……だとっ」
「……」
声が聞こえた気がした。ヘーゼンが振り返ると、首の上だけとなったバガ・ズ将軍は、こちらの方を向いていた。そこには、疑問の色が見て取れる。
恐らく、聞こえたのは幻聴だろう。その斬撃は、首を斬ったことすら気づかないほどの凶悪な切れ味だった。
非常に優秀な戦士だった。ヘーゼンは瞬時にそう讃える。こちらが使用したくない魔杖を使用せざるを得ない状況になるほどに。
強力な魔法使いと対峙した時。奇妙な感覚に襲われる。互いに敵同士であるにも関わらず、どこか繋がっているかのような。
「……」
研鑽の日々。実力を磨き合った者同士が、互いの手札を出し合って、それでも負けた時。自分はどんな表情をしているだろうか。
「惜しかった」
ヘーゼンは、首の上だけとなったバガ・ズ将軍に対してつぶやく。すでに、絶命しているので、全く無意味な行為だ。
「雷切孔雀……これが、貴様を屠った魔杖だ」




