前進
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ロギアント城のイリス連合国陣営は衝撃で打ち震えていた。あの異常な一撃が、再び撃つことができる? そんなことは、まさしく大将級でなくては、あり得ない。
これほどの至近距離ならば、確実に正門は破壊される。そうなれば、一気にノクタール国の兵たちが雪崩れ込む。
城内兵の士気は壊滅状態となり、瞬く間に恐慌状態に陥ってしまう。
「伝令です! 『魔法使いの名はヘーゼン=ハイム。あの一撃は来ない。前方にて、守りを固めよ、と」
「……ヘーゼン=ハイム」
名前すらも聞いたことがない魔法使い。遠目で見てもかなり若い。恐らく、突然変異的に出てきた天才だとは思うが、戦い方が若くない。まるで、百戦の戦場を渡り歩いた軍神かのようだ。
「ほ、報告は『前方に立て』と。どうしますか?」
「……」
ジカイ軍師の問いに、バガ・ズ将軍は沈黙する。前線の情報は、非常に合理的だ。自分が彼らの立場でも、そう分析するだろう。
だが、実際にあの場に立つということを考えるだけで足が震える。もし、あの一撃が放てるならば、前に立つだけで即死だ。
まるで、剣で胸を撫でられているような心地だ。
バガ・ズ将軍は、握り拳にジットリと汗が滲むのを感じた。圧倒的な恐怖。これまで死闘を繰り広げていた戦闘が、まるで児戯であるかのように感じた。
いや。それこそが、ヘーゼン=ハイムの手であったのかもしれない。選択肢を狭まらせ、こちらの思考を限定化させることが、ヤツの狙いだったのではないだろうか。
「……このまま様子を見ますか?」
「いや。正門が破られれば、ロギアント城は落ちる」
バガ・ズ将軍は首を横に振った。もはや、この段階では正常な見極めが難しい。実際に自身の目で見極めるべきだと感じた。しかし、それは命懸けになる。
「クド・ベル将軍。正門以外の場所で待機していてくれ。もし、正門が破られれば、すぐに城内兵を指揮してくれ」
「……わかった」
言葉少な目に答え、クド・ベル将軍は身を翻して城郭を降りた。余計なおべっか、言い訳、気は遣わない。その淡々とした様子に苦笑いが込み上がる。
「2人では向かわれないのですね」
「万が一、ヘーゼンという魔法使いがあの一撃を放ってきた時に、指揮する者がいなければ落城する」
「……バガ・ズ将軍は、どっちだと思われますか?」
「わからん。だから、一目見て見極める」
「……」
ジカイ軍師は、指をガジガジと噛みながら何も言わない。どうやら、この智者の頭でも、ヘーゼン=ハイムと言う存在の解析ができないようだ。
「もう、ここで出来ることはない。あとは、肌で感じるしかない」
「クク……では、お供しましょう」
「怖気づいたのでは?」
「まさか。ただ、今の混乱の原因は、あの魔法使いの得体の知れなさです。私も見たくなったのですよ」
「命懸けだぞ?」
「クク……命懸けでない戦場がありますか?」
「……わかった」
ただ頷き、身を翻して正門へと向かう。兵たちはすでに配備されていた。全員が外の状態を把握しているのか、顔色が悪い。
バガ・ズ将軍は彼らに背を向け、正門を開けさせ先頭に立った。報告では、10分もすればヘーゼンはここへと辿り着く。
「罠は?」
「クク……もちろん。我が魔法は初見では見破れません」
ジカイ軍師は、自身の魔杖『天地弧惑』を掲げた。
バガ・ドは小さく頷き、振り返ってイリス連合国の兵たちに向かって叫ぶ。
「ここで、私たちが正門を通すことになれば、このロギアント城は落とされるだろう。そうなれば、我々は極小国に負けた大国の軟弱者として歴史に刻まれることになる……許せるか?」
「……」
「私は許すことができない。それは、これまで全身全霊を賭して戦ってきた自身への否定に繋がるからだ。皆もそうではないか?」
「……」
「私と想いを同じくする者は、私とともに戦え! 諸君らはイリス連合国でも選りすぐりの屈強な兵たちだ。その誇りを胸に、私とともに戦え!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」
沸き起こる怒号に背中を押されながら。
バガ・ズ将軍は拳を天に仰いだ。
「全軍前進!」




