攻撃
なす術もなく灰となったヅナオ・ガ軍長を眺めながら、ダリオ軍長とクドカン軍長は唖然とするしかなかった。
ヘーゼン=ハイムという魔法使いの限界が、一向に見えない。ただ、深淵の沼を覗くような底知れなさだけが2人の軍長の胸に広がる。
しかし。
3人もの軍長がいとも簡単に戦死したことで、むしろ、冷静になることができた。相手は自分たちが単独で立ち向かって敵う相手ではない。
「蟲飫毒」
ダレオ軍長が笛のような魔杖に口を当てると、そこには無数の蟲たちが集まってくる。
魔法で造り出した即死性の毒を持つ蟲を無数に放つことのできる、操作型の魔杖である。
しかし、瞬時に大気中の水蒸気が凍り、蟲たちはことごとく氷漬けになる。
「くっ……」
蟲飫毒は、自動で防壁を張る氷雹障壁とは相性が非常に悪い。
だが。
「これでいい。散れ」
ダレオ軍長は躊躇なく蟲を飛ばして意図的に氷漬けにさせていく。狙いはやはり、持久戦だった。小さな蟲たちは、自動防御の発動回数を多くする。なにも、自分が勝つ必要はない。徐々に弱体化させて、最後は将軍級に決してもらえばいい。
呪紋詩。
クドカン軍長の使用する音波型の魔杖である。円錐形状で、中心に口ほどの穴が空いている。声を相手に響かせることで、対象者の動きの停止、魔力の減少をさせることができる。
「うおおおおおおおおおおおおおっ」
相当な大声で、呪紋詩を響かせる。音波は、氷雹障壁の自動追尾に引っかからない。なので、ヘーゼンにダメージを与える方ができるはずだ。
だが。
馬の足が止まることはなく、ヘーゼンは一瞥すらしない。
「バカな……」
確かに届くほどの距離だ。耳を塞いでいる様子はない。これは、物理的な防御は効かない。ノクタール国では知られていないため、当然、初見の魔杖だ。まず、効果がないことはあり得ない。
しかし、影響を受けている様子が一切ない。
「いや、効いている。そのまま、構わずに叫べ」
ダリオ軍長は確信していた。これは、演技だ。これほど、膨大な魔力を使い、疲弊させられ、汗1つ欠かない? あり得ない。敵に弱みを見せないためだ。
いや、むしろ、強がっているのだ。
「赤蛇」
「黒虎」
軍長直属の副官が2人。キオーテ副官とオラーザ副官も加わり攻撃をする。炎の巨大な蛇と闇の虎が、それぞれ黒髪の魔法使いを襲う。
しかし、氷雹障壁は、無尽蔵に氷柱を発生させて、すべての攻撃を防ぐ。あまりにすべての攻撃を防ぐので、イリス連合国の魔法使いたちに絶望感がひしめく。
「ぜぇ……ぜぇ……なんだ、あの魔杖は? 無敵か?」
「い、いや、持久戦でいいんだ。もっとだ! もっと攻撃を集中させて、ヤツの魔力を減少させろ!」
「しかし……敵軍は他にもいます! 追撃を喰らってこちらが不利に」
「構わん! 物量は押している! いや、我々にはまだバジ・ガ将軍もクド・ベル将軍もいる」
最終的に勝てばいいのだ。2人と対峙した時が本当の勝負。ダリオ軍長は、残りの魔法使いたちも多数加わらせる。10分後には、総勢100人近くの魔法使いが一斉に攻撃をしていた。
しかし。
「……っ」
氷雹障壁は、なおも無尽蔵の氷柱を発生し続けて、次々と彼らの攻撃を防ぐ。
「ば、化け物……」
ダリオ軍長が愕然とつぶやいた。
そして、それを待っていたかのように、ヘーゼンは死兵たちをイリス連合国の魔法使いに向わせる。彼らは、それを躱そうとするが、死兵たちは自らの腕を歯で引きちぎって、その血を撒き散らす。
「血爆炎」
「……っ」
ヘーゼンが唱えた瞬間、返り血を浴びた魔法使いたちたちが黒き炎に焼かれる。
「……相性が良すぎる」
踊るように焼死する味方の兵を見ながら、ダリオ軍長は歯を食いしばる。死者の血と土から錬成される死兵。死者の血を燃やす血爆炎。そんな凶悪な組み合わせを、瞬時に実行するなんて。
「ダリオ軍長! 一時撤退しよう。こいつは、手に負えない」
クドカン軍長が死兵の血を避けながら叫ぶ。
「ダメだ! コイツを好きにさせれば、それこそ被害が拡大する」
こちらが攻撃をしているから、なんとか防衛ができているのだ。ヘーゼンから撤退すれば、ヤツは死兵を一般の兵たちにまとわりつかせ、血爆炎で焼死させるだろう。
そうすれば士気など一瞬にしてなくなり、一般兵ら逃亡を始める。
「攻めろ! 辛くても、ここはそれしかない」
「わ、わかった」
「……っ」
ダリオ軍長は、強く歯を食いしばる。こちらが主導権を持っていると、いつから錯覚していたのか。そして、いつの間に、選択肢を奪われていたのか。
こちらが攻めているのではない。
こちらが攻めさせられているだけだ。




