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ジミッド中将


           *


猛虎斧砕もうこふさい!」


 ノクタール中将のジミッドが、巨大な戦斧のような魔杖を地面に押し付けるように振るう。


 すると、土がシャーベットのようにえぐれ、巨大な塊がイリス連合国の兵たちに向かって襲いかかった。


「ぐっ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 もう、何発放っただろうか。だいぶ魔力も心許なくなってきたのを感じる。だが、自分などよりも、イリス連合国の魔法使いたちの方が、遥かに心細いに違いない。


 ヘーゼン=ハイムという魔法使いを見て、正気を保てる者などいないからだ。


「はぁ……はぁ……へへっ、こっちも同じだよ」


 ジミッド中将は、訳のわからない共感に見舞われていた。困惑。狼狽。怯え。攻撃側に立っているはずなのに、彼らが感じていることが手に取るようにわかる。


 味方でさえ、そうなんだから。


 敬服というよりも、むしろ恐怖を覚える。ジミッドは数百のイリス連合国兵を葬ったが、ヘーゼンはすでに数千を越えようとしている。


 しかも、数千の死兵を召喚して味方の兵を守り、敵軍の攻撃を自身に集中させた上でだ。


 イリス連合国の魔法使いたちは、目に見えて疲弊していた。総じて数千発は放っただろう魔法がまったく効かないことに。


 ヘーゼンという魔法使いの存在感が、ますます強大になっていく。


「へっ……参った」


 ジミッド中将は最後まで、ヘーゼンに向かって反感を口にしていた男だ。しかし、こんな光景を見せられれば、悪態などつける訳もない。


 イリス連合国の魔法使いたちは、どんどんヘーゼンの引力に吸い込まれて行く。まるで、夢遊病者の如く一心に、末期の患者のような必死さで、渾身の魔法をぶつけていく。


 しかし。


 ヘーゼンの纒う氷の壁は、ことごとく全ての攻撃を阻む。あらゆる方向から、もちろんヘーゼンの死角から放たれたそれは、無惨に阻み絶望感を与えている。


 絶対防御。


 ジミッド中将には、そうとしか表現ができない。もはや、人間業とは思えなかった。たまに戦場では信じられないほどの強敵に遭うが、そんな中でも数段飛ばしで格が違う。


 そんな中。


「無事か?」

「ドグマ大将……と、ちびっ子」

「し、失礼」


 ジミッド中将は、近寄ってくる2人を見て思わず苦笑いを浮かべる。


「ここまで凄いとは……」

「なに言ってるんですか? ここからですよ」

「ここからって……ちびっ子。お前、魔法使いでもないのに」

「機の読み方はすーから学んでます」

「……」


 ここで。


 ジジジジジジジジ……


 ジミッド中将も、ドグマ大将も、イリス連合国の兵たちも、ノクタール国の兵たちも。視線と耳と意識が一斉に集中する。


 地空烈断じくうれつだん


 信じられない音を聞いた。数千の兵を一瞬にして葬った、災悪の音色。


「ま、まさか……」


 誰もが、ヘーゼン=ハイムの挙動に囚われている。目が離さず、ブルブルと震え、怯え、惑い、この悪夢のような光景から意識を離せない。


 一方で。


 黒髪の青年は落ち着き払った様子で、長物の魔杖を地面につけながら走る。その先端は、相変わらずジジジジジジジジジ……と奇妙な音を打ち鳴らす。


「は、は、はったりだ! そうに決まっている!」


 イリス連合国のダリオ軍長が、ジミッド中将にすら聞こえるように叫んだ。それは、もはや願望に近かった。なんの根拠もなく、取り乱した様子で、ブツブツと自身の言葉を繰り返す。


「魔力は削いでいる……ずっと削いでいるんだ!」

「……っ」


 明らかに、現実からの逃避だった。


 数年に渡りノクタール国を苦しめた強者たちが、まるで弱者の如く踏み潰されようとしている。


 人間と蟻の如く。


 ジミッド中将は、彼らの気持ちこそ理解できた。あまりにもあり得ないことが、立て続けに行われていた。彼らの攻撃が弱い訳ではない。普通の魔法使いなら一瞬で灰になるほどの威力だ。


 それをもう10分以上受け続けながら、ヘーゼンと言う魔法使いは、なおも平然とした表情を浮かべている。


 ジジジジジジジジジジジジジジジジ……


 そして、その異常な音は、まるですべての不吉を背負ったような耳障りで鳴り響く。


「……っ」


 ロギアント城は難攻不落の名城だ。正門には幾重にも魔法壁が張り巡らされている。1人の魔法使いに破れるような代物ではない。


 しかし。


 もし、それだけの魔力を残していれば。


 あの一撃必殺が、多発可能だったら。


 この状態で?


 単騎で百人越えの魔法を受け。軍長クラスの魔力減少を受け続け。数千の死兵を操り、あの異常な一撃必殺魔法を放った上で。


 まだ、あの一撃が放てると言うのか。


「なにボーッとしてるんですか?」

「……っ」


 ジミッド中将の意識を醒めさせたのは、ヤンだった。


「あなたたが見ていても戦況は変わりません。あなたちがやるべきことはなんですか?」

「……わかっている」


 ヤンの言葉には説得力があった。なぜだかは、わからない。だが、1つだけ言えることは。


 この少女だけが、ヘーゼンの存在に囚われていない。


 ジミッド中将は、伝令を呼びだして指示を出す。


「各部隊の隊長に伝えろ」

「そ、そんなこと……」

「いいから、行け」

「は、はい!」

「……」


 伝令の後姿を見送って。


 ジミッド中将は。


 ヘーゼンの方を向き、つぶやいた。



















「化け物め」


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