混乱
*
ロギアント城の城郭では、将軍のバジ・ガが、あんぐりと口をあけていた。
「……なんだ、あの異常な魔杖は」
こちらの城壁まで深くクッキリと刻まれる斬撃痕。その前には、胴体を両断された屍が累々と散らばっている。超広範囲の縦列攻撃魔法とでも言うのか。しかも、鋼鉄よりも硬くなったジーモ軍長を一刀両断して、なおも恐るべき殺傷力で。
先頭の将が放ったそれは、道を鮮血で染め上げていた。もはや、ロギアント城まで前にいる兵はいない。
規格外の威力過ぎて、すぐには飲み込めない。隣にいた軍師のジカイも歯をガチガチと震わせながら指を噛みちぎりそうなほど加える。
「い、い、1等級の宝珠……」
「馬鹿な! 帝国の大将級など来るはずがない!」
あり得ないと、バジ・ガが叫ぶ。そんな想定はあり得ない。最悪で中将クラス。最悪の最悪を想定することなど、現実的ではない。
ジカイ軍師も同じ考えのようで、ゆっくりと思考を落ち着かせながら話を続ける。
「私もそうは思います。恐らくは……いや、間違いなく一撃必殺の魔杖でしょう。ギリギリまで威力を貯めて放出する類のものです」
「……」
確かに、それだと合点がいく。
「しかし、この威力だと、それでも3等級以上」
「それでも、中将級か。しかし、それほどの魔法使いをあてがうほどの余裕が帝国にあるのか」
確かにロギアント城は要所である。しかし、近年ではその均衡は保たれており、帝国の軍略としても重きを置いてはいない。
ガルーダ要塞を奪還した時点で、このまま守勢に転じ、少なくとも数年は力を溜め込むとみていたが。
ロギアント城付近の配備はすでに、完了していた。急遽、軍長のガー・リーがショック死し、緊急で防備を固めた。その数は、総勢で3万を超え、予備兵が1万城に控えている状態だ。
そんな中、ジーモ軍長率いる第1部隊が為す術もなく壊滅とは。
「そ、そんなことより! 早く前を塞がないと」
その場にいた兵たちが慌てふためく。バド・ガは鋭い眼光で睨めつけ、諫める。
「塞いでどうする? また、あのレベルの斬撃を出されれば意味がない」
「……っ、連発。まさか」
「考えたくはないがな。敵のレベルを知ることが、より重要だ。ヅナオ・ガ軍長、イブサメ軍長の部隊で左右から擦り寄って挟み撃ちだ。なるべく、疲弊させ、分析させるように」
「はっ!」
伝令役に魔法を使用させ、指示を飛ばす。すると、両翼にいた2部隊が正面から向かってくるノクタール国軍に向かって行く。
「ダレオ軍長、クドカン軍長に準備させるように。波状攻撃ですり潰して行くことも視野に入れさせろ」
「はっ!」
もう1人の伝令がさらに魔法で伝える。そんな中、ジカイ軍師が指を噛みながら貧乏揺りを続けている。
「……」
いつもは不敵な笑みを浮かべているが、よほどショックだったのだろう。顔面蒼白で落ち着きがない。
「ふ、伏兵の可能性が高いです。2人の軍長は警戒に当たるべきかと」
「では、早くその匂いを掴むのだな」
「……っ、は、はい」
バジ・ガ将軍もまた、苛立たし気に吐き捨てる。自分自身もかなり動揺していることを自覚して、気分を落ち着かせるよう努める。
とにかく、この攻撃は不気味だ。最初は、すぐに伏兵を疑った。この突撃があからさまな愚策であるから、それしか考えられなかった。
しかし。
その凶兆を表すように、ガー・リーが死んだ。そして、時を置かずしてジーモ軍長も。軍長レベルの者をことごとく殺すことのできる魔法使い。果たしてそれが、帝国の中将レベルで可能なのか。
もし、万が一。帝国の大将級が突撃をかけてきているのなら。
「……っ」
最悪の事態だけは防がなくてはいけない。
全速力で駆けたとしても、ロギアント城に到達するのは、30分ほどかかる。その間に、可能な限り戦力を分析しなければいけない。
「……クド・ベル将軍もここに呼べ」
「まさか……2人の将軍で?」
「伏兵も変わらずに探れ。ここからどうなるかはあの黒髪の魔法使い次第だ」
「は、はい」
未だ、イリス連合国の優位は変わらない。未だ、城門を開けられた訳ではない。予備兵も、潤沢にいる。最悪の事態だけを防げれば、勝利は間違いがないのだ。
「ガルーダ要塞の攻略は?」
「相変わらず硬いです。魔法使いも多数もいると思われます」
「……」
戦力のつじつまが合わない。こちらに侵攻していると言うことは、当然ガルーダ要塞は手薄になる。1万の兵で十分に陥落できるはずだ。しかし、そちらの戦況で穴が空いたという報告もない。
「……いったい、誰なんだ、あの男は?」
バジ・ガが悔しげにつぶやいた。




