衝突
ロギアント城の前に拡がるザリオク平原。そこには、嫌になるほど大量の兵が立ち並んでいた。
しかし、それにひるむことなく、ヘーゼンは、むしろ速度を上げる。その左手には、長物のような魔杖を握り、地面に先端を擦り付けている。
魔法使いの戦いは、主に遠距離戦である。
敵との距離が遥か彼方であったとしても、戦いは始まると考えていい。なので、1キロ時点では、互いの戦略を駆け巡らせている状態だ。
ヘーゼンの役割は2つ。ひたすら走り続け、部隊の勢いを止めないこと。そして、目の前に立ちはだかる魔法使いを殺していくこと。
800メートル時点。
「放て!」
至る場所から炎がヘーゼンに集中して襲いかかる。これらはレベルの低い魔杖を持つ魔法使いたちからの攻撃だ。
しかし。
炎は手前で発生した《《氷柱》》に阻まれる。
氷雹障壁。瞬時に大気中の水蒸気を凍らせ、自動で防壁を張る魔杖である。
「炎の攻撃で助かりましたね」
「ああ……火信備も配備していたから、予想通りではあるが。属性の相性が悪ければもう少し考えねばならなかった」
「そ、そうですか」
もはや、その頼もしさに。後方で走るゴメス少佐は苦笑うしかない。
「くっ……矢だ! 一斉に放て!」
今度は千を超える矢が一斉に天空から降り注ぐ。ヘーゼンのみならず、その一帯に五月雨のように降り注ぐ。
しかし。
その矢が当たることは一切なく。
馬の疾走が止まることはなかった。
「これも、上手くいきましたね」
「ああ」
風信備。周囲に風の幕を張り巡らして、矢の軌道を変化させる集団魔法である。これは、戦い前にヘーゼンがノクタール国の魔法使いたちに配給していた。通常は、城など施設に配備するため、数も非常に多く必要だ。
しかし、ヘーゼンは範囲を限定させるよう改良を加えた。これにより、比較的少ない人数で行うことも可能になった。
走りを止めることなく。
先頭をひたすら進む魔法使いは更に速度を上げる。
「そのまま進むぞ」
「いや……しかし」
ヘーゼンの言葉に、ゴメス少佐が躊躇する。前にいるのは、イリス連合国の主功部隊。
真っ向対真っ向。
馬に跨がりながら高機動で移動しながら戦う魔法使いは多くはない。だが、イリス連合国の先頭を走る魔法使いも、馬に跨がっていた。
このまま行けば互いにぶつかり、その勢いは止まる。
「構わない。僕を信じて進め」
「……っ、はい!」
ゴメス少佐は覚悟を決め、ヘーゼンの後をついていく。
「ぐはははははっ! 面白い、来い!」
待ち構えるのは、巨大な鉈のような魔杖を担いだ巨漢の戦士だった。悍馬の手綱を自在に操るほどの膂力を見せ不敵な笑い声をあげる。
「連装鋼化!」
その男が叫ぶと、みるみる内に、全身が黒く変色する。
「ジーモ軍長。強化型の魔杖です。その身体を鋼鉄よりも硬くし、また、その一撃は大地を割るほどの威力があります」
「そうか」
ゴメス少佐の言葉に頷くが、ヘーゼンは動じない。その距離は、すでに400メートル。すでに、魔法が放てる間合いであるが、一向に放つ気配はない。
「へ、ヘーゼン少佐。近ければ近いほどジーモ軍長の間合いになります」
「慌てるな」
黒髪の青年は落ち着き払った様子で、長物の魔杖を地面につけながら走る。その先端はジジジジジジジジジ……と奇妙な音を打ち鳴らす。
「くはっ! 呆れた無謀さだな! ふん!」
ジーモ軍長は高らかに笑い、更に身体を硬化する。見ている者たちからもわかるほどの圧倒的な威圧感。それは紛れもなく、強者の佇まいだった。
しかし。
ノクタール国軍の走りが止まることはない。
その黒髪の魔法使いの背中が。
恐怖を感じることすら許さなかった。
ジジジジジジジ……
ジジジジジジジジジジジジジジ……
先端で擦れている魔杖の音が長く大きく響き渡る。
「へ、ヘーゼン少佐! は、早く放ってください! ジーモ軍長の間合いに――」
「……」
慌てるゴメス少佐の言葉に、答えずヘーゼンの動きは変わらない。
「舐められたものだ! 全軍! 踏み潰せ―――!」
ジーモ軍長もまた馬で駆け出し。
巨大な鉈を振り下ろす。
「地空烈断」
ヘーゼンもまたつぶやき。
互いの馬が交差して。
ジーモは馬で踵を返す。
「くはっ! 外した……か……あびょ?」
「は……あ……」
味方であるゴメス少佐は。
胴体が真っ二つになったことにも気づかなかったジーモ軍長と。
刃ごと両断されている連装鋼化と。
馬の走りを止めずにいるヘーゼンの背中越しに。
バラバラになっているイリス連合国の兵たちを愕然としながら眺めた。




