突撃
やがて、ヘーゼン率いる先遣隊の後続部隊が追いついてきた。相手も、ノクタール国のような弱小国が、ここまで早く侵攻してくるとは夢にも予見していなかったのだろう。
敵軍の警備隊に見つかることもなく、もう、ロギアント城は目と鼻の先だ。
「……」
しかし、兵たちの顔に覇気がない。誰もがこの奇襲に懐疑的であるからだろうとヘーゼンは判断した。
「すまんな。よく説明をしたのだが、思ったほどには」
大将のドグマがヘーゼンの側に来てつぶやく。
「ギリギリの士気は保ってます。あとは、師次第です」
そして。
さらに隣でヤンが、いつも通りの憎まれ口を叩く。
「しかし、本当にこんな少女を戦場に連れてきてよかったのか?」
「ドグマ大将。ヤンは、ロギアント城に入城した後、速やかに防御を固める為に必要です」
「入城か……しかし、そんなものを信じる者がこの中に何人いるだろうか」
「……ふぅ」
ヘーゼンはため息をつき。
「まったく……軍人と言うのは、難儀なものだな」
つぶやく。
そして。
彼らを真っ直ぐに見て口を開く。
「兵たちよ。聞こえるか?」
途端に、兵たちがザワつき出す。
「驚かなくていい。僕は少佐のヘーゼンだ。今は、魔杖を奮って全員に聞こえるように話しかけている」
兵たち全員の耳にも届いており、誰もが驚いた表情で顔を見合わせている。恐らく、そんな魔杖は見たことも聞いたこともないのだろう。
「ここからは、鋒矢の陣でいく」
「……っ」
「相手の正面から全軍突撃する」
そう宣言した時。兵たちがザワつく。鋒矢の陣は、その名の如く弓矢のような形をした陣形で、少数が大軍を破るのに使う陣形とされる。
しかし。
相手の数は5万。こちらは5千。あまりに数が違いすぎる。真正面から行くなど愚策中の愚策。そのまま、周りを取り囲まれて終わりだ。
「む、無謀だ!」
兵の中の1人が叫ぶ。
「無謀の先にこそ、勝利がある」
「……っ」
「愚直な突破は、伏兵の疑念を生む。その隙を突いて一点突破だ」
ヘーゼンの指す先はロギアント城を真っ直ぐに指していた。
その言葉に、誰もが固唾を飲んで沈黙する。
「このまま行けば、ノクタール国は数ヶ月。ドグマ大将が奮闘したとしても1年持つかどうかわからない」
「……」
その言葉に、兵たちは地面を向く。
「歴史からはノクタール国は消され、民は属国として奴隷同然に扱われるだろう。それから、どのような国が支配しようと一生……いや、子々孫々そのような扱いを受ける」
「帝国の犬になにが……」
誰かがそう言った。
しかし、ヘーゼンは構わずに話を続ける。
「ノクタール国が滅亡した時に、帝国の者たちもさぞや嘲笑うだろう。自分たちが君たちに被害を与えたことなど、なかったかの如く。なぜだかわかるか?」
「……」
誰もなにも発さない。
「それは、君たちが弱者だからだ」
「……」
「歴史が証明している。弱者は強者の餌にされ、弄ばれ、亡き者にされる。勝者は勇者と讃えられ、繁栄し、弱者を無能と嘲笑う」
その言葉に、誰もが悔しさを滲ませる。
「強者となるには、勝つしかない」
「……」
「この戦には2つしかない。歴史を揺るがすほどの大勝利か、帝国が嘲笑うほどの大敗北か」
「……」
「帝国が憎いか?」
「……憎い」
その問いに、1人の兵がつぶやく。
「ならば、勝つしかない」
「……」
「帝国に一矢報い、ノクタール国の脅威を知らしめるには勝つしかないんだ」
彼らの顔に情熱と恐怖の色が入り混じる。それは、彼らの心の揺れを示していた。
「約束しよう。僕についてくるならば、必ず勝ちをもたらしてみせる」
「……」
「ノクタール国に住む親たち、子ども、友。そして、彼らの子どもも、その子どもも。この戦を未来永劫誇れるように勝ってみせる」
ヘーゼンが強く断言し。
兵たちは思わず顔をあげた。
「命懸けで祖国を守りたいなら全力で駆けろ。背中には敗北と死しかない」
その声には一点の曇りもなかった。そこにあるのは、絶対なる自信。ヘーゼンを視覚できる者は少なかったが、できた者は、その圧倒的な存在感に皆奮い立つ。そして、その高揚がさざ波のごとく後続に拡がる。
大歓声がたちどころに湧く。
それが、うねりとなり。
ヘーゼンは馬に跨り、彼らから背を向け、叫ぶ。
「この戦、勝って帝国への凱歌をあげよう!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおっ」」」」」」
地面を揺らすほどの怒号が、敵軍相手に鳴り響く。ヘーゼンは後ろからその怒号を浴び、馬を前に進める。
「……」
最高潮の兵たちを唖然とした表情で見つめながら。ドグマは自身の胸にも響くようなヘーゼンの意志に高揚を感じざるを得なかった。
「……あのような熱い将だったのだな」
「まさか。すべて計算ですよ」
隣で冷静な表情をしているヤンがつぶやく。
「……師の策は成功しますよ」
「なぜそう思うのだ?」
ドグマが聞き返す。
「敵がまだ師を把握していない」
「……」
「どれだけ最悪の想定したとしても、現時点では師以上の戦闘力を想定できっこない。だから、ことごとく敵は後手を踏む……そして」
「そして?」
「この戦です」
ヤンはヘーゼンの背中を見ながらつぶやく。
「師は、大陸に震撼を持って伝えようとしているんです。『助走が終わった』と言うことを示すために。ヘーゼン=ハイムという名の魔法使いを示すために」
「……助走」
ドグマは思わず生唾を飲む。ヘーゼン=ハイムの活躍は仕入れた。圧倒的な功績で、最年少で中尉、大尉格にまで登り詰め、帝国の派閥に加わらず、左遷の憂き目を受けた麒麟児。
そんな壮絶な歩みが、ただの助走だと言うのか。
ドグマが驚愕の表情で見つめる黒髪の男は、大きく拳を空にあげ叫んだ。
「全軍突撃」




