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教訓

 

           *


「あ……が……」


 ノクタール国軍のゴメス少佐は、地上で言葉を見失っていた。上空で見下ろしている黒髪の魔法使いが放った()()が、あまりにも圧倒的であったからだ。


 遡ること3分前。


 ヘーゼンは、数キロ先からロギアント城を眺めていた。


火信備かしんのそなえが張られているな」


 遠目からつぶやく。


 集団魔法。低等級の宝珠である質の悪い魔杖でも、属性を合わせれば、強力な効果を発揮する。火属性の魔杖を持つ魔法使いを城周りに配備して、強力な結界を張り巡らす。潤沢な魔杖と魔法使いのいる大国の常套手段である。


 そんな何気ないつぶやきを、隣のゴメス少佐は怪訝な表情で見る。彼の視界には、城は豆粒ほどの小ささでしか視認できないからだ。


「こ、こんな遠くから、なぜわかるのですか?」

「能力強化型の魔杖を、使えば容易だ」

「……そんな魔杖を持っているようには見えませんが」


 その疑問に答えるため、ヘーゼンは自身の小指についているリングを見せる。そこには、複数の小さな鎖がついていて、1つにはレンズのようなものがあった。ゴメス少佐がそれを眺めると、確かにありありとロギアント城周辺の様子が見える。


「まさか……これが魔杖?」

千里せんりと名付けた。この前、宝珠を加工した欠片で製作した」

「信じられない。こんな小さなものでそんな芸当が?」


 ゴメス少佐は信じられないような表情を浮かべる。通常、魔杖は手に握るほど大きなものだ。これほど小さな魔杖など、まずお目にかかったことはない。


「効果範囲を著しく限定すること。能力をより単純な動きに特化させること。そう言う制限を加えてやれば、できた」

「できたって……」

「いろいろ便利だよ」


 そう言いながら。ヘーゼンは更に周囲を索敵する。


「しかし、これでは、火龍咆哮かりゅうのほうこうは使えないな」

「ええ。先日の敗戦から、確実な手を打ってきましたね。

「それに……狼」


 周囲を見渡すと、至るところに狼の徘徊している。


「ガー・リー軍長の魔杖でしょう。狼牢自在ころうのじざい。狼族を意のままに操ることができます」

「……しかし、かなりの数だな」

「ロギアント城では、大量に操る動物を繁殖させてます」

「便利な魔杖だ」


 ヘーゼンは素直に評価する。


「狼を操るのは、存外に厄介なものです。こちらを見られれば、咆哮で仲間にそれを伝えます。その仲間が咆哮でそれを伝え、敵方に場所が特定される」

「単独でならともかく、軍で攻め込めば一瞬にしてこちらの動向がバレる訳か」


 やはり、優秀な城だ。魔杖が豊富に存在しており、攻めにくい。


「ヘーゼン少佐……私はやはり無謀だと思います」

「……」


 ゴメス少佐はそうつぶやく。


「ロギアント城では、さまざまな魔杖を持った魔法使いがいる。とりわけ軍長レベルは、それぞれ銘を持った魔杖を持ち、我々はそれをすべては特定してません」

「それは、相手にも言えることだ」

「いえ。あちらにはノクタール国軍の戦力をすべて見切っているのです」

「……」

「出し惜しみなどできる余裕はなかったのです。以前、ガルーダ要塞の指揮権を帝国に明け渡したのは、軍の疲弊によるものも要因の1つとしてあったのでしょう」

「こちらの手の内はバレていて、あちらには全貌を現していない訳か」

「はい。ガー・リーのように把握している者もいますが」

「……そうかな?」

「えっ?」


 ヘーゼンが少し考えながら疑問を口にする。


狼牢自在ころうのじざいだよ。君はこの魔杖をどう分析する?」

「仰っている意味が……『狼族を意のままに操ることができます』と言いましたが」

「どうやって?」

「どう……やって?」


 ゴメス少佐は戸惑ったように聞き返す。この緊急事態で、その質問? 彼には、それが重要なことだとは思えなかった。


「意のままに操ると言うことは、複数の手段が考えられると言うことだ」

「……」

「例えば、狼の思考を支配して動かす。こちらは操作型。もう一つ思い浮かぶのは、狼の思考を乗っ取り動かす。こちらは憑依型だな」

「……それがなんだと言うのです? 操作型でしょう。操るのだから」


 焦燥感も手伝って、ゴメスは苛立たしげにつぶやく。ロギアント城からかなりの距離があるとは言え、狼たちに捕捉されれば、たちまちこちらの居場所がバレる。


 にもかかわらず、そんな流暢な問答。


 しかし、ヘーゼンは冷静に様子を伺いながら答える。


「いや。それにしては狼の動きが規則的だ」

「え?」

「能力のミスリードだよ。魔杖の能力に偽りの印象をすり込まされている」

「ど、どういうことですか?」

「意のままに操ることができるのは本当だろう。しかし、その手法が違う。恐らく、操作型の魔杖でなく憑依型。例えば、狼たちが一目でもこちらを捕捉すれば、即相手に居場所がバレる」

「だから、それがなんだとっ……」


 それを聞く前に。


 ヘーゼンは遥か上空まで、飛びあがる。


 そして。


 左手を前にし、まるで、なにかを射るかのように構える。


光白燕雨こうびゃくえんう


 唱えた瞬間、一斉に光の矢が弾け飛ぶ。


 上空から飛翔した数百以上の矢は、すべて不規則で、高速に飛翔する。


 その無情なる射撃は、数百の狼たち身体の隙間を、無惨に射抜いた。地面には所々、斑点のような血が拡がっている。


「あ……が……」


 そして、現在。


「ふぅ……憑依型であれば、痛覚も共有している可能性が高い」


 着地したヘーゼンは汗だくになりながら話を続ける。


「数百の狼のそれぞれ異なる部位を貫いた。指を回すとトンボが気絶するのと同じだ。数百の矢を全身で射抜くような耐性を、常人は体得してはいない。まず、ショック死をすると思う」

「……あ……ひ……」

「ゴメス少佐。魔杖の分析は重要だ。より、詳細に解析すれば、君も、このように相手を死に至らしめることもできるだろう。よく、覚えておいてくれ」

「……っ」






















 いや、できん! とゴメス少佐は思った。

 


 

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