敵陣
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ロギアント城の軍務室では、凄まじい熱気を帯びていた。突如として奪還されたガダール要塞。イリス連合国において、その衝撃は凄まじいものだった。
日夜、原因調査、戦力分析、打開策を検討するために熱の入った議論が行われている。
「で? さし当たっての攻略は?」
そう尋ねたのは、隆々とした体格を持つ歴戦の勇士である。名は、バジ・ガ。イリス連合国の将軍である。武勇に優れ、軍略にも精通している。下からの信頼も厚い。
「連日、兵を差し向けてますが、いずれも固い守備に阻まれてます」
軍長のイブサメが説明する。
「それはいい。ドグマ大将は名将だ。簡単でないことはわかっているさ。その他、変わった動きは?」
そう。守りが強いことはわかっている。しかし、ガダール要塞を陥落せしめるほどの攻めの強さをノクタール国は持ってないはずだ。
「少なくとも、数十人の魔法使いがガダール要塞に入っていると思われます」
「根拠は?」
「一度に数十もの強力な魔杖による攻撃があり、部隊が壊滅しました。いずれも同質の攻撃であったことから量産されている魔杖かと思われます」
「……それだけではな」
「は?」
「一度に数十もの魔法を放ったのかもしれない」
「いや、そんな異常な……」
イブサメが苦笑いを浮かべるが、バジ・ガは間髪入れずに反論する。
「現に異常なことが、ガダール要塞で起きている」
「……」
「強力な……最悪、帝国の中将級が派遣されたと考える方がいいかもしれないな」
「……中将級」
ゴクリと、一同が生唾を飲む。中将は、イリス連合国の将軍級に当たる。低く見積もって、バジ・ガ級。帝国の領土を考えれば、それ以上の魔法使いが投入された可能性も十分にありうる。
「まあ、いい。ジカイ軍師。次の手は?」
「クク……さしあたって、本日、帝国方面の輸送路を全て遮断しました。ガダール要塞を孤立化することを先決した結果です」
ジカイと呼ばれた男は皮肉めいた表情で笑う。彼はこのロギアント城随一の智者である。戦略にも広く、細やかな戦術にも精通している。
「なるほど……それで? 攻略は?」
「クク……奇策は必要ありません。逐次戦力を投入し、徐々に、ゆーっくりと首を絞めていくのです」
痩せ細った軍略家は、両手でゆっくりと握り拳を作る。
「帝国からの支援が途切れた今、孤立無援のノクタール国が長期間の籠城には耐えられない。たとえ、帝国の中将級でもね」
「……」
「クク……ここに将軍級が2人いると知れば、絶望で逃げ出すでしょう。ねえ、クド・ベル将軍?」
「……」
皮肉めいた言葉に沈黙を貫くのは、精悍な顔つきをしたまま目を瞑っている青年だった。クド・ベル。若くしてイリス連合国の将軍になった男である。
ガダール要塞が陥落した時点で、バジ・ガが彼を招集した。情報が錯綜する中で、最悪の自体を想定してだ。
「あなた様の蟷螂王斧も、血に飢えておりましょう」
「ふん。戦は望んでするものではない。なあ、クド・ベル」
「……」
「相変わらず、愛想のない。まあ、いい」
バジ・ガは苦笑いを浮かべて話を続ける。
「ガルーダ要塞の奪取は余計だったな。ノクタール国は自ら滅亡を早めた」
陥落する前、ロギアント城は着々と勧告の準備を行ってきた。要するに、帝国と分断させてノクタール国のみをこちら側につかせようとする策だ。
だが。
帝国との繋がりが強いことが、今回のことで露呈した。であれば、徹底的に潰すしかない。
「今、ここにいる戦力は?」
「ヅナオ・ガ軍長。イブサメ軍長。ジーモ軍長。ダレオ軍長、クドカン軍長、ガー・リー軍長の6名。そして、クド・ベル将軍です」
「……」
軍長(中佐格)以上の彼らは全て銘を持つレベルの魔杖を保有している。兵士数において帝国には、大きく劣るが、その中核にいる魔法使いのレベルは劣らないと自負している。
「将軍が2人。軍長が6人か」
「巻き返しを図るには十分な戦力といえます」
「しかし、ガダール要塞にも軍長はいた。十分か?」
「クク……心配性ですな。落とせますよ。こちらも一夜で殲滅させられるほどの戦力を揃えたのですから」
「……」
向こうの戦力が計り知れないのが気になる。老練のドグマ大将も十分に強力だが、あくまで防衛線においてその真価を発揮する。
「ジカイ、奇襲にも備えろ」
「奇襲? まさか」
「『まさか』と言う可能性を1つずつ潰していくんだ」
「……かしこまりました。ガー・リー軍長はいるか?」
「はっ」
2人は席を立って、片膝をつく。
「ロギアント城の奇襲に備えろ。少しでも異変があればすぐに報告せよ」
「はっ」
キレ良く返事をして、長い棒のような魔杖を使用する。すると、彼はそれを手で握り、その場でうずくまったまま動かなくなった。
「クク……ガー・リー軍長の魔杖は、狼牢自在。憑依型の魔杖であり、狼族を意のままに操ることができます。すでに、ロギアント城の周辺には数百匹の狼を野に放しておりますので、まず、心配ないかと」
「よし。これで、こちらの攻勢に集中できるな」
バジ・ガがそうつぶやいた瞬間。
「ぐ……が……ぐっ……」
うずくまっていたガー・リーが突然胸を押さえて呻き出す。
「ど、どうした! おい……おい! ガー・リー!」
あまりの不測の事態で。
軍師のジカイは血相を変えて、ガー・リーを揺り動かす。
「おい……ガー・リー! しっかりしろ!」
「……」
やがて。
ジカイは、動かなくなったガー・リーの胸に手を当てて、小さく首を振る。
「死んでます」




