ガダール要塞
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「はぁ……はぁ……」
数時間後、ガダール要塞では、依然としてカク・ズが奮闘していた。要塞を奪取して数日が経過しているが、イリス連合国から間断なく攻め込まれている状況だ。
守備の面では、紅蓮の投擲が大きく効果をもたらした。この銛のような魔杖は、あらかじめ魔力を込めることができる。合計で100本の備蓄がある。
不規則に放つことで、数十人の魔法使いがいると思わせるよう画策した。相手が容易に攻め込まないようにしたものだが、相手がその思惑に乗ることはなかった。
この4日間で5度。そのうち、1回は夜襲で、ロクに眠ることもできないまま、防戦一方の状態だ。しかし、ノクタール国の軍隊もかなりのしぶとさを発揮している。
正直、カク・ズだけであれば相当な激戦を強いられただろうが、彼らの奮闘のおかげで、要所要所で休憩もできている。
「相手は圧倒的な物量で攻めてきます。こちらの、兵站が心許ないことを熟知しているからです」
隣で立っているノクタール国軍少将ジルコニア=ラニアが、城郭から外を見ながらつぶやいた。彼はヘーゼンが任命したガダール要塞の指揮官だ。
彼のこれまでの戦歴をヒアリングし、『地道で冷静。手堅く、しぶとい戦術を打つ』と評した。当のジルコニアは、『帝国には、地味で目立たず面白みがない』と言われたと皮肉めいた表情で笑っていたが。
大きく部隊の配置を崩すことなく、現場の意見を取り入れたため、彼らも戸惑うことなく防衛戦に臨めている。
「しかし、このままではジリ貧です。なにか奇抜な一手が欲しいですな。なにか思いつきますか?」
「ううっ……俺に難しいことを言わないで欲しいな」
カク・ズが困ったようにつぶやく。
「……えっ?」
「あんまり、よくわからないんだよ。作戦的なものは。だから、ジルコニア少将に任せるよ」
「わ、わかりました」
若干不安げな表情を、ジルコニア少将が浮かべる。
「……ああ、しかしお腹が減ったな」
「お、お腹?」
「うん」
「……」
如実に不安そうな表情を浮かべる少将だったが、突然、後ろから声が響く。
「そいつは飯を食べさせないと働かないから気をつけてくれ」
「……ヘーゼン少佐」
気配なく現れた黒髪の魔法使いに、怯えた表情を見せるジルコニア少将。手には、大量の鶏肉と緑の草が入った料理が入った大きな皿を持ってくる。
「うっ……懐かしいなそれ」
「学生時代を思い出すだろう?」
「思い出したくないんだけどね」
カク・ズはそう答えながら、料理を頬張る。相変わらず、調味料の味が薄く、食事というよりは栄養補給に近い。
「ジルコニア中佐。カク・ズは駒としては使えるが、将としての才能はない。だから、君が彼を上手く動かして防衛してくれ」
「は、はい。で、今日はなにをしにこちらへ?」
「ロギアント城を攻める」
「……は?」
「奇抜な一手だよ。欲しいと言ってたではないか」
「……え?」
ジルコニアは混乱した表情で聞き返すが、ヘーゼンはそれを無視して話を続ける。
「カク・ズはこのまま防衛。こちらが選んだ面々で攻める。ナンダルから商団も借りたので、それと合わせて5000で落とす」
「ご……」
さっきから、1文字しか声を発することができなくなったジルコニア。規模としたら、5万以上の兵数がいるの難攻不落の城だ。実力差があまりにもかけ離れすぎている。
「ナンダルの商団を借りて、ナンダルは大丈夫?」
「代わりに、ギザールを護衛に出す。
「……そもそも、ナンダルは大丈夫?」
かなりヤツれた様子を見せて元気のない様子だった。
「いや。ギリギリだな。さすがに使いすぎて精神的にもかなり参っている。だが、やってもらわないといけない」
「だったら。少しくらい休ませてあげても」
「今は回すときだ。やるべき時は、人生のうちにそう何回も来ない。来たら、回すべきなんだ」
「……」
「ナンダルにとっても僕にとっても正念場だ。ダメなら、こちらが危うくなる」
「……」
「カク・ズ。まともな働きなど、求めちゃいないんだ。常軌を逸した一手。それしか、生き残る手立てがない」
「……」
「ここは戦場だ。失敗は死。倒れれば破滅だ。当然、ナンダルにもそれを求める」
「……」
「心配するな。倒れないようには尽くす。だが、倒れれば見誤ったと言うことだ。当然、僕も覚悟をしている」
「……ヤンは?」
「アレは少しおかしいからな。ケロッとしながらブチブチと働いている」
「デシ……デシシシ……ヘーゼンに言われたら終わりだね」
「……失敬な」
学生時代の頃のように笑うカク・ズを見て、ヘーゼンの表情もフッと綻ぶ。
「とにかく、明日、ロギアント城への侵攻を、開始する」




