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投資


 ナンダルはその足で、部屋へと出た。やることが山積み過ぎてなにがなんだかわからない。あの悪魔ヘーゼン小悪魔ヤンの留まることの知らない要求に応えられない。


「はぁ……」

「ため息が深いな。悩みでもあるのか?」

「……っ」


 気配なく隣にいたのは、ヘーゼンだった。


「な、なんで……軍議は?」

「ああ。ヤンに任せてきた。周辺の情報のことは僕よりも頭に入っているからな」

「……」


 あの子は優秀だ。そんなことはわかっている。しかし、ショックだったのは、ナンダルの想像を遙かに超えた怪物であったと言うことだ。


「私といた頃は、そんな素振りを見せませんでしたけどね」

「生きると言うことはそう言うことだ。あの子は頭がいいからな。『出る杭は打たれる』ということを幼いながらに身につけていたのだろう」

「……」


 自分も、そっち側の対象に入っていたのだと、今は納得できる。能力のなさを思い知らされるたび、絶望感を感じざるを得ない。ヘーゼンの期待に大きく応えるヤンが羨ましくないと言えば嘘になる。


 結局、見捨てられるのが怖いのかも知れない。必死に喰らいついては来たが、商会の規模が大きくなるにつれ把握できないことも多くなった。


 問題が増えて対処しきれないことが多くなった。そして、見過ごして損害を被っても、なんとかなってしまっていることも怖い。


 商人としての。力不足を……限界を感じていた。


「あの……ヘーゼン少佐」

「っと。来たな」

「えっ?」


 その時。眼鏡をかけた少女がやってきた。ナンダルは、どこかであった記憶を必死に手繰り寄せる。


「確か……シノンだっけ?」

「久しぶりです」


 眼鏡をかけた少女は、礼儀正しくお辞儀する。確かこの子は、ヘーゼンが所有するバルク領クラド地区の内政官だったはずだ。ナンダルも何度か話したが、非常に優秀な少女だった。

 

「どうして?」

「大分育ってきたからな。ナンダルのサポートに回ってもらうため、連れてきた」

「連れてきたって……クラド地区はいいんですか?」


 その時も、彼女は内政面を一手に引き受けていた。そのあまりの働きぶりに感心して、ヘーゼンに引き取りたいと申しでたが、その時は断られた。


「エマに優秀な秘書官3名を派遣するよう依頼している。それに、元ドクトリン領中級政務秘書官のジルモンドも、今は天空宮殿にいるので定期的にアドバイスをするよう頼んである」

「……いいんですか?」

「本当なら直接優秀な秘書官を君の下に派遣してもらいたかったが、さすがにドネア家は巻き込めない。ジルモンドは頼めば来てくれるだろうが、せっかく天空宮殿の部署に入れたからキャリアを積み上げていってほしいからな」


 ヘーゼンは淡々と答えるが、随分と骨を折ってくれたことが窺える。こんな自分なんかの補佐をつけるために。自分の力量不足で。


「……やはり、俺は、力不足ですか」


 ナンダルは肩を落とす。


「力不足?」

「だって……俺じゃできないと思ったから、彼女を補佐に入れるんでしょう?」

「違う。販路を拡大するために、君に倒れられたら困るから手配した。彼女がいれば、数日は休みが入れられるからな」

「……えっ?」

「ヤンも同じように考えていて、なんとか君に休みを取らせるために現地の通訳を必死で探していた」

「……」

「ここにも倒れそうな人がいますけどね?」


 苦笑いしながら隣にいたのは、ギザールだった。


「いい加減、最短癖なんとかならないか? 天空宮殿まで行って依頼して、シノンを連れてくるまで1週間は糞過ぎる」

「そのままナンダルとシオンの護衛も頼む」

「話聞いてた!?」

「君は、ナンダルほど真面目じゃないからな。適度に適当に休んでるだろうから、あまり心配していない」

「……っ」


 口をパクパクとする元将軍を尻目に、ヘーゼンがナンダルに書類を手渡す。


「君と僕はあくまで商人と貴族の間柄だ。そこに上下関係はない。だから、僕の依頼に得を感じなければいつでも断ってくれていい」

「これは……」

「報酬だ」

「……はっ?」


 ナンダルは思わず聞き返す。桁がおかしいことになっている。疲れているのだろうか。目をこすって何度も何度も確認するが、その桁数が変わることはなかった。それは、保有している資産の軽く千倍を超える。


「はは。どこぞの国の国家財政ですか?」


 馬鹿げた数字過ぎて、思わず笑ってしまった。これだけの額があれば、帝国の商人の上から100番目には軽く入ってしまう。


「成功報酬だが。今回の目的を達成した上で得られる利益から、諸々の諸経費を差し引いた金額全てだ」

「全て……って」

「金だろう?」


 ヘーゼンがナンダルの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「商人にとって、金が全てだ。だから、僕は君に全てを渡す」

「……なんで、そこまで……俺なんかに」


 信じられなかった。この契約書は方筆で書かれている。成功すれば、紛れもなく、途方もない財産がナンダルの元へもたらされる。


 こんな能力のない自分に。


「理由は3つ。1つ目。君は目利きがいい。ヤンに目をつけ、クミン族と交易をした」

「そんなの……たまたまで」

「2つ目。決断力が優れている。思いきりがいいと言っていい。僕が苦境に陥った時、全額を僕に投資してくれた」

「それだって、運がよかっただけだ」

「3つ目はそれだ」

「えっ?」

「機運だよ。商人にとって最も優れた素質だ」

「……」

「ナンダル。投資だよ」

「……」

「僕は帝国を手に入れる。君が欲しいものはなんだ?」

「……金です。途方もないくらいの」


 そうだ。商人は、金だ。金を稼ぐことが夢であり、目標であり、全てだ。いい飯なんか食べられなくてもいい。いい服なんて着られなくても全然構わない。いい家なんかに住まなくってもいい。ただ、金を稼ぐこと。誰よりも金を稼ぐことにやり甲斐を感じて生きてきた。


 疲れたって……たとえ、命を削ったとしても稼ぎたい。


 そう答えると、ヘーゼンは笑顔を浮かべる。


「使えるものはなんでも使え。言ってくれれば手配する。君の心配をしているためではなく、君に倒れられたら、僕が困るからだ」

「……」

「だから、シオンを君につけさせる。彼女は君が倒れないための助けになってくれるはずだ。僕の言えることはこれだけだ」

「……はぁ。とてつもないお人だ。でも、仕方ないですね」


 呆れながらも。


 ナンダルの表情が明るくなり、大きく頷いた


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