激務
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ナンダルの体重は、以前よりも20kg減っていた。当然、365日休みなどなく、睡眠は1日で2時間確保できればいい始末。1週間徹夜などザラで、何度か倒れたこともある。
最近、目のクマが、消えないほど深くなったのを鏡で確認した。だからと言って、今回のように容赦のない呼び出しは留まることはないのだが。
最近の動きと言えば、ノクタール国の首都ギルヴァーナにいる商人たちの取りまとめだ。先日、大規模な施しを実施したことで、地盤商人たちからの反発が大きかった。
ナンダルとしては、いかに彼らといい関係を保つかが勝負だった。まず、高く値が釣り上がり売れなくなった商品を、適正の価格で買い戻すことで彼らの破産を防ぐ。
一方で、立ち行かなくなった商人たちに、金利が極小の金額で貸付を行い、当面の物資も低金額で卸す。異常に釣り上がった物資の価格を適正価格にすること。それが、ヤンから授かった一手である。
ヘーゼンが打つ大胆な一手は、そのインパクトの大きさから至る所で影響を生み出す。常に最前線でそれを受け、緩和してきたこの商人は、すでに何度も命の危険に見舞われている。
しかし、ナンダルの奮闘のおかげで、ひとまず商人たちとはいい関係性を構築でき、値も一定程度落ち着いた。
ちょうどタイミングを見計らったように呼び出されたので、彼としてはいい報告を持って行ってやろうと、ウキウキしながら軍務室の前で、待っていたところだった。
だが。
「……っ」
入った瞬間、絶対にそんな話にはならないと思った。むしろ、ヘーゼンとヤンの表情がとんでもなく真顔であったことで、ナンダルはよりゲンナリした表情を浮かべる。
「で? どうすればよろしいんで」
結果として、商人は尋ねるしかなかった。
そして、当然のようにヘーゼンは淡々と要望だけを述べる。
「北のタラール族、ゴクナ諸島の海賊と交易網を構築してもらいたい。大至急だ」
「……っ」
やっぱり。
3日前にきたばっかりなのに。
と言うか1週間ほぼ徹夜なのに。
「師! その前に、いろいろとあるでしょう?」
ヤンが慌てながら、寄り添うような笑顔を浮かべる。
瞬間、ナンダルはホッとした表情を浮かべた。よかった、この少女は自分の弟子だったこともあるので、配慮というものを心得ている。
そろそろ、肉体限界が近い。と言うか、一目見れば、わかるだろう。こんなにハッキリとボロボロで、このままでは確実に過労死をしてしまう。
「そう。実は……ちょっとだけきゅうーー」
「首都ギルヴァーナの商人たちとの折衝と、近隣の価格安定。もちろん、上手くいってますよね?」
「……っ」
ナンダルは生唾をゴクリと飲んだ。ただの成果の確認。しかも、成功している前提。
「できてませんか? なら、できてから行くか、今日中に片をつけて行って欲しいんですけど」
「ヤン。君こそ、なにを言ってるんだ?」
ヘーゼンの言葉に、今度こそナンダルはホッとした。やはり、雇い主はわかってくれている。
「そうなんです。すいませんが、きゅうーー」
「できているに決まっているだろう? ナンダルの能力ならば、当然だ」
「……っ」
過度な期待。
と言うか、すでにできている前提。
こちらの状態を毛ほども見ていない。
元々、ナンダルは恵まれた商人ではなかった。野良で、孤児の少女に異民族と密売紛いのことをさせていただけの男で、ここまで見込まれるなんて思ってもいなかった。
「……」
断ろう。
これが自分の限界なのだ。
1日だけ休みをもらおう。
それくらいなら許されるはずだ。
と言うか、さっきから、この2人はなにを言っているんだ。
「あの……」
「狙いは、更に北と南だ。2ヶ月でドルカ族と南のゴレイヌ国まで、交易網を拡げてくれ」
「……っ」
どういう時間軸。
2国間で交易網を拡げるのに、普通は何年かかると思っているんだ。
「師。いくら、ナンダルさんでも厳しいですよ2ヶ月は」
ホッとした。さっきから、ハードルの上昇が留まることを知らない。ナンダルは、震えが止まらなかったが、やはり、ヤンは現実派だ。
「ヤン……ありがーー」
「こちらでドルガ民族の通訳を数人準備しましたから。それで、10日短縮できれば、55日でいけますよね?」
「……っ」
結局、1ヶ月というノルマが課された。




