戦略(2)
朝食を早々に済ませて、ヘーゼンはヤンとともに軍務室へと向かった。そこには、大将のドグマと中将のジミッドが座っていた。
「はっ! やっと、来やがったか」
ジミッドが乱暴な口調で絡んでくる。そんな彼を一瞥し、ヘーゼンは残念そうにため息をつく。
「ドグマ大将だけでいいのに」
「なっ……貴様っ!」
「そう言うな。ジミッドは下から慕われている。こいつ抜きでは、上手く士気が上がらん」
「……わかりました」
ヘーゼンがため息をついて頷く。
「で? そこのチビは?」
「頼むから、一言も発してくれるな」
「な、なんだとっ!?」
「やめてくださいよ! 初めまして、ヤンです。師の秘書官をしてます」
黒髪の少女は、2人に向かってお辞儀をする。
「ひ、秘書官? お前みたいなチビがか?」
「君の1億倍使えるから、身長は問題ではない」
「ふ、ふざけるなよ!」
「事実だ」
「くっ……」
「やめてください! 師。あなた、どんだけ人望ないんですか!?」
「必要ない」
「くっ……性格悪すぎ」
ヤンがワナワナとこらえながらつぶやく。ドグマは、そんな2人のやり取りを信じられないような表情で見つめる。
「驚いたな。この男と対等に接するなんて」
「接したくないんですけど、いた仕方なく」
「ドグマ大将。ヤンは特別です。彼女はあなたと同様戦略面で力になってもらう」
「う、うむ」
老将は、渋い表情で頷く。
「さて、話を進めましょう」
ヤンはその小さな手で、軍卓に大きな地図を広げた。そして、ヘーゼンはその一点を押さえて宣言する。
「攻めていく」
指さした先は、ガダール要塞の東に位置するロギアント城だった。イリス連合国に属しており、ノクタール国の数倍以上の戦力を保有している。
「今の戦力でか? 無謀だ」
ドグマは迷いなく答えた。通常、攻城戦は倍以上の戦力が必要だとされている。そして、ロギアント城に劣るのは数だけではない。常駐する魔法使いの強さ。格。そのどれもが桁違いだと説明する。
しかし、ヘーゼンは首を横に振る。
「あの戦いで確信した。ノクタール国には優秀な魔法使いが多い。質の面では負けてはいない」
「ふん! それは、皮肉か?」
ジミッドが悔しそうに鼻を鳴らす。非常に悔しそうではあるが、魔法使いとしてのヘーゼンには一目置いているようだ。
「違う。あくまで、客観的な評価だ」
「……帝国には腐るほどいるだろう」
「いると思うか? 亡国の危機に瀕しながらも、たびたびの猛攻を跳ね除けてきた歴戦の猛者たちが」
「……」
「少数ではあるが、残った者たちは、ほとんどが強者だ。魔法使いの戦いは数ではない。質だ。その面において、私はロギアント城の魔法使いたちに劣るとは思っていない」
「……」
ジミッドは面白くなさそうに黙った。
「……しかし、我々が攻めている間、周辺の勢力がそれを傍観すると思うか?」
ドグマが冷静に尋ねる。
ノクタール国は、北からタラール族からの侵略を受け、南の島々を拠点としたゴクナ諸島の海賊から上納金を納める不平等条約を結ばされている。彼らは少しでも隙を見せれば、嬉々として攻め込んでくるだろう。
当然、帝国からの支援を見込むことはできない。
「確かにノクタール国は北と南から脅かされている。しかし、北にはより北の勢力があり、南にはより南の勢力がある」
「……」
タラール族の更に北には、ドルカ族という敵対民族がいる。そして、ゴクナ諸島の海賊たちも、更に南のゴレイヌ国と小競り合いをしている。
「ドルカ族、そして、ゴレイヌ国と交渉のチャンネルを持つことで、2国間から攻められないための抑止力になる」
「無謀だ。そこに辿り着くのだって困難なのに」
仮に敵国の領土に入れば、即殺し合いが始まる。そんな中で国境を渡り歩くことなど、到底出来はしない。
「我々ではな」
「……それ以外に誰がいる?」
「商人の力を借りる」
ヘーゼンがそう言った時、ナンダルが軍務室に入って来た。




