戦略
*
翌日。ヘーゼンは、城内で目を覚ました。すぐさまベッドから飛び降りて、天気を見る。
「雨か……」
そうつぶやいて、大きく伸びをする。『思考を空っぽにするには、空を見ればいい』。昔、誰かに教わった覚えがある。
「ん……」
「……」
ヤンが隣のベッドでスヤスヤと寝ている。結構なハードスケジュールで、環境も激変する日々の中、体調が一切崩れないというのは、感心を通り越して呆れてしまう。
いったい、どんな精神をしているのだろうか。
「はっ!」
「起きたか?」
「はい。なんとなく、不穏な視線を感じましたので」
「……」
恐ろしくカンもいい。この図太さと同様、恐らく天性のものだろう。柔軟性も相まって、素材としては最高峰であることは間違いない。あとは、どう鍛えるかだが……
「こ、怖い顔して見ないでくださいよ。怖いから」
「内政面はどうだ?」
「無視!?」
「要求に応える気はないからな。僕は見たい時に見たいものを見る」
「くっ……なんたる唯我独尊」
いつものガビーンという顔を浮かべつつも、いつものことなので、いつも通り話を進める。
「ナンダルさんの援助が効いてますね。新たな王に対しての民からの反応もいいです」
「まあ、顔がいいからな」
マラデカも、チンゴックも、オナルンも一般的に醜いとされる容姿をしている。容姿さえよければ
大衆からの受けはいい。
「まあ、正直同じ血を引いてるとは思えないですよね」
「引いてないだろうな」
ヘーゼンはキッパリと断言する。性格はともかく、容姿も魔力も違いすぎている。
「やはり、正室の方が王以外の方と不貞を働いたってことですか?」
「いや」
「……まさか」
ヤンが瞬時に声を潜める。
「あくまで、想像でしかないがな」
実際には逆なのだろう。。
「……」
「想像できないか? その容姿を見惚られ無理矢理、側室にさせられた。正室には執拗なイジメを受け、頼りにない王がそれを止めることもなかった。彼女が、他の家臣に頼りにし、それが愛情に変わっても不思議ではない」
「で、でも証拠は出ませんでした」
「お互いを大切に想っていれば、そうであっても不思議ではない」
「……」
「まあ、どちらでもいいことだ」
ヘーゼンは興味なさげに言い捨てる。重要なのは、王の資質足る者が王であること。それについては、ヤンも大いに同意した。
「性格もいいですしね……どこかの誰かさんと違って」
「よくわかってるじゃないか、どこかの誰かさん」
「す、師に決まってるじゃないですか、完全不可逆的に」
「ははっ」
「冗談じゃないんですって!?」
ヤンは、激しくガビーンという顔を浮かべるが、まあ、これもいつものことなので話を続ける。
「でも、有力な商人などはほとんど逃げてしまいましたから、経済的な好循環を回すのは大変そうです」
「……」
「周囲の情勢が安定しないと、優秀な人材流出は止まりません」
「わかっている」
このノクタール国という船は沈没しかかっている。優秀な者ほどそれがわかり逃げ出す。残ったものは無能か、愛国心のある有能な者の2択だ。
「そこで! こちらとしては近隣諸勢力との同盟を提案します!」
「ダメだ」
「くっ……なんでですか!? イリス連合国と単独で戦うのは、いくら師でも無理がありますよ」
地理的に言っても、ノクタール国は孤軍奮闘状態だ。すでに、西側の帝国からは見限られ、東側のイリス連合国は次々と軍を送ってくるだろう。
ノクタール国は、北からタラール族からの侵略を受け、南の島々を拠点としたゴクナ諸島の海賊から上納金を納める不平等条約を結ばされている。
「タラール族と盟約さえ結び、その間でゴクナ諸島と関係改善をはかれば……」
「それだと時間がかかり過ぎる」
「でも、一番確実じゃないですか!?」
「確実だが、時間がかかる」
「くっ……師の都合で、この国を振り回すんですか!?」
「そうだよ」
「……っ」
「慈善事業でここに来ている訳ではない。帝国からの命令できているんだ。最短で最高の成果を出すために」
「……多く死にますよ」
「被害を恐れていては掴めないんだ」
「巻き込まれる人だって多い」
「戦争とはそういうものだ」
「……」
揺らぐ気はない。ヘーゼンは真っ向からヤンを見据える。
「盟約以外の手を考えろ。多少、無謀だと思っても構わない。それくらいにリスキーで危ない一手が欲しいんだ」
「……それなら、自分で考えればいいじゃないですか」
「違う視点が欲しい。異なった考えが欲しい。自分の策以上の戦略が欲しいんだ」
「……」
「これから、僕は戦地で、戦術面での思考を巡らせることになる。そうすれば、どうしても思考が限定的になる。広い視点からの戦略的見地が必要なんだ」
「……無理ですよ、私には」
「であれば、僕もヤンも死ぬ。ノクタール国も滅ぶ。それだけだ」
「……」
ヤンは、黙って目をつぶった。




