事後
*
「……」
「……」
「……」
「……」
・・・
パン。
「さて、始めましょうか」
「いや、ちょっとーーーーーーー!?」
笑顔で仕切り直したヘーゼンに、ヤンが噛み付く。
歴史に抹消された2人の王子が連行され、逃げるように元王と大臣たちが去った後、ヘーゼン、ヤン、そしてジオス王とトマス外務大臣のみが居残った。
そんな中で、ヤンの叫び声が響き渡る。
「そんなに怒るなよ。汚物の排除に時間がかかったとはいえ」
「だ、断固として時間の問題じゃないんですけど」
「ははっ」
「なに笑ってるんですか!? みんな、ドン引きだったんですけど!」
黒髪の少女は、断固としてガビーンとした表情を崩さない。
「なんにも口に出さなかったじゃないか」
「唖然としてたんですよ、みんな。約束したじゃないですか、酷いことしないって!」
遡ること30分前に、きちっと念押しした。
指切りもした。
「したよ」
「なんで破るんですか!?」
「口約束だから」
「……っ」
ヤンはあぐあぐと口を開けるが、ヘーゼンとしては、なぜわからないかが、わからない。
「制約のない約束なんて、『破ってくれ』と言っているようなものだ。それを、よくわからない倫理観で縛れていると感じる方がおかしい」
「おかしいのは、確実に師の異常脳なんですけど!?」
ヤンがキャーキャーわめいているところで、ヘーゼンはジオスに視線を移す。
「さて。不肖の弟子が、大方言いたいことを言ってくれたところで、気が済みましたかな?」
「……義母と兄たちはどうなる?」
「義母と兄ではありません。あの3人は、ノクタール国の王を掠め取ろうとした愚かな簒奪者です」
「……」
「同情する必要はない。あなたは素晴らしい人格の持ち主だが、彼らは違う。2人のいずれかが王座についたとすれば、きっとジオス様は彼らと同じような……いや、より酷い目に遭っていたでしょう。だから、不肖の弟子も口を出さなかった」
「……」
引き合いに出されたヤンは、複雑そうな表情を浮かべる。王制の正当性を保つこと。これは、ノクタール国が復興する上で必要不可欠なことだ。
王への求心力が急速に薄れている今では、内部崩壊の危険もあった。内乱を行なっている余裕はない。だから、ヘーゼンは一手目で王を交代させ、二手目で軍部を掌握したのだ。
そして、それはヤンの意見と一致していた。
ヘーゼンとヤンの違いは方法だけだ。前者が最短距離の結果を目指すのに対し、後者は課程と結果を重視する。
それでも、チンゴックとオナルンの排除。そして、マラデカ王の正室であったインラインの不貞は、両者間での決定事項だった。
「要するに、ヤンはあなたの感情に配慮してわめいているのだけなのですよ」
「そ、そんなことないんですけど」
「……もういい。わかった」
ジオスはため息をついて答える。
「私もまた、力なき王だ。口約束で、なんの保証もない話だが、兄たちと義母は?」
「お望みどおり、平民として暮らしていけるよう手配しましょう。まあ、なんの保証もない話ですが」
「……」
「ただ1つ。私はあなたからの信用は欲しいと考えている。なので、可能なことは多少無駄だろうと叶えて差し上げたいとは思ってます。不肖の弟子もうるさいことですし」
ヘーゼンは、ガウガウと噛みつこうとしているヤンの頭を押さえつけながら答える。
「……恩にきる」
「いえ。臣下たちの前で、あなたは完璧な王でした。やはり、あなたには資質がある」
「……」
「人は恐怖だけでは上手く働かぬものです。基本的には鞭は私が請け負いますので、あなたはアメを担当していただけると助かります」
「……それでいいのか?」
ジオスは神妙な面持ちで尋ねる。
「ええ。私は帝国の余所者。彼ら大臣たちの忠誠などは必要ない」
「ますますわからないな。帝国将官として、この国を乗っ取るためだと思っていたが」
「言ってるではないですか。ノクタール国を滅亡の危機から救うためだと」
「……」
ジオスは、真っ直ぐな瞳でヘーゼンを見つめる。
「まあ、信頼はしてくれなくても構いません。必要なのは、信用です。それは、この不肖の弟子が補ってくれると思いますから」
「ふ、不肖不肖って! 私だって頑張ってますけど!」
「頑張る? 必要なのは結果だ。まあ、最低限クリアしてはいるから、ギリギリ無能ではなく、不肖だ」
「キー! ジオス王! 一刻も早く強くなって、師からの自由を一緒に勝ち取りましょう!」
「……クク……ハハハ」
この2人のやり取りに。
久しぶりに、王は笑顔を浮かべた。




