追放
マラデカ王は震えながら、しかし、ハッキリと口にした。『自分が父親ではない』と。信じられなかった。昨日までは、『次期王はお前しかいない』と言っていたのに。
「ち、父上? 今、なんと?」
「ひっ……」
チンゴックに問われた太った男は、そのまま丸まって、うずくまる。
「ち、父上……」
なんだ、この体たらくは。絶対者である王が、訳の分からない異常者に怯えるなんて。あり得ない。断じて、あり得てはならない。
しかし。
そんなチンゴックの想いなど1ミリも反映されず、黒髪の男は、未だ冷徹な表情でこちらを見下ろしている。
「この程度のことも理解できないなんて、本当に能力がないんだな」
「なっ……なんだとおおおおおおおおっ!」
「……五月蝿いな」
ガンガンガンガンガンガン!
黒髪の男は、チンゴックの髪をガン掴みして、額を何度も何度も地面へとぶつける。瞬間、血が吹き出て、激痛とともに、視界が真っ赤に染まった。
「ぐぎゃあああああああっ!」
「ガタガタ騒ぐな」
「ゆ、ゆ、許さない……絶対に許さないぞ」
「まだ、立場を理解してないみたいだな」
「ち、父上! は、早くその穀潰しを崇高な玉座から引きずり下ろしてください。王である威厳を取り戻し、この異常者に死刑の命令を!」
チンゴックは祈るように叫んだ。
「……なるほど」
すると、黒髪の男は、マラデカの方へと近づき、髪をガン掴みして睨む。
「息子だって言ってますけど?」
「ひぎぃ……痛っ……やめぇ……やめぇ……」
「そう言われてみると、そんな気もしてきましたね。特に、その無能っぷりがそっくりだ」
「ひっ……ご勘弁ください! あ、あいつは本物のバカなんです!」
「息子でしょう?」
「ひぎぃ……む、息子なんかじゃありません! 私の息子は、あんな無能なクズどもじゃありません」
「ち、父上……」
すがるような瞳で、チンゴックは訴えるが、元王の瞳はそんなものに目もくれずに黒髪の男の視線に怯えている。
「マラデカ様。あなたから産まれた劣悪な遺伝子なら、元を排除することも考慮に入れなくてはいけませんが……」
「ひっ……き! 貴様っ!」
病みきった表情を浮かべる元王は、チンゴックに馬乗りになって、何度も何度もぶん殴る。
「撤回しろ! 撤回しろ! お前など、私の息子じゃない! おまえみお前みたいなクズは私の息子である訳がない!」
「うがっ……ごがぐっ……ち、ぢぢうえ゛っ……や゛め゛っ゛……」
「まだ言うか……」
マラデカは首を思いきり締めて、窒息させようとする。
「やめろ!」
ジオスは辟易したように叫ぶ。薄れ行く意識の中で、チンゴックから見えた彼の表情は悲痛だった。
「もう沢山だ。頼むから……やめさせてくれ」
「……かしこまりました」
ヘーゼンは、マラデカの腕を掴んで、その手を外させる。
「げほっ……げほっ……」
「あ、兄上」
怯えたような表情で、隣のオナルンがつぶやく。
「じ、ジオ゛ズ……ぎ……ぎざま゛ぁ……ゆ、許さないぞ……絶対に……絶対に……」
「……兄上」
玉座から見下ろす王に対し、黒髪の男は首を振る。
「ジオス王。この者はあなたの兄ではない。ただの失敗作であり、無能であり、淫乱の子が浮気しただけの他人に過ぎません」
「すべてを否定しろと言うのか?」
「ええ。マラデカ様自身が血縁ではないと証言したのですから。客観的な証拠も証言も山ほどある」
「……血の繋がりだけが、兄弟ではないだろう」
ジオスは玉座の間を降り、チンゴックとオナルンの元へと近づく。
「ごろ゛ず……じお゛ず……ごろ゛ぉ……ず」
「じ、じじジオス王! わ、わわわ私は……や、やや許してぇ」
憎しみと許しの言葉を吐く2人に対し、ジオスは深々と頭を下げる。
「兄上たち……申し訳ありませんが、私は前に進みます」
「……その者を、まだ兄と呼びますか?」
黒髪の男が尋ねると、ジオスは頷く。
「よくイジメられたし、母上もそのせいで病んだ。正直、いい思い出はない。しかし……それでも2人は私の兄上だった。その事実に変わりはない」
「……」
「ヘーゼン=ハイム」
「はっ」
「彼らと……インラインをこの国から追放せよ。名前も身分も全て忘れさせて平民として生活をさせよ……そなたなら、できるのだろう?」
「……かしこまりました」
ヘーゼンは王にお辞儀をし、衛兵たちに指示して2人を連行させた。




