謁見
チンゴックは己の目を疑った。王? この黒髪の男は、いったい、なにを言っているのだ。そして、今、眼前に映る光景に、倫理的な説明がつかない。
なぜ、玉座に座っているのが、父のマラデカ王じゃない。なぜ、汚れた下賤な低脳な女から生まれた、あのジオスが、あんな場所に。なぜ、家臣たちは、まるで奴を王かのように。
なぜ、なぜ、なぜ……
「控えろと言っている。頭が高い」
「……っ」
穢された気がした。いずれ、自身が座るはずの高貴な椅子が、あんなグズでノロマでバカな、しかも側室の愚弟が座っているだなんて。
その光景は、なにより頭の血液を逆流させた。
チンゴックは背筋をギンギンに逸り立たせながら、顔を真っ赤にして、今にも暴発しそうなくらい膨張させながら、叫ぶ。
「なぜお前がそこに座ってる! すぐに降りろぉおおおおおおおおおお!」
猛然と走り出すが、すぐに側にいた衛兵たちが身体を押さえつけられた。地面にへばりつきながら、隣を見ると、オナルンも同様押さえつけられている。
「ぐっ……なんだ貴様ら! 離せ! 離せ離せ離せ――――――――――――! すぐにジオスを引きずり降ろせ――――! すぐにその首を斬れ! その首を……チョン斬れ―――――!」
「大人しくしろ!」
「ぐっ……」
魂から湧き出てくるような咆哮も空しく、チンゴックは衛兵たちに縄で縛られ、身動きが取れなくなった。
そんな中。
先ほど『王の御前だ』などと言い放った、黒髪の男がツカツカと近づいてくる。手には資料を持ち、難しそうな表情を浮かべている。
「な、なんだ貴様はっ!?」
「第1王子、チンゴック……魔力E 身体能力Fマイナス 学力G 性格最悪……ダメだな。完全な失敗作だ」
「なっ、なんだと!?」
コイツは、いったい、なにを言っている。王子である……いや、次期王である自分を見下ろして、なんと不敬な言葉を浴びせてくるのだ。
死刑、確定。
痛ぶって、痛ぶって、痛ぶって、なぶり殺して、ぐびり殺して、その死体を鴉の餌にしてやる。どれだけ拒否しても、嫌がっても、絶対に許さない。
しかし、そんな妄想めいた意思を見透かしたように、黒髪の男は呆れたような表情を浮かべながら言葉を続ける。
「よくもまあ、こんなクズを生み出したものだ。しかし、一方でジオス王のような有能な方も生まれる……因果だな」
「はっ!? あのクズが有能? 冗談も休み休み言え」
チンゴックは、心の底から吐き捨てた。魔力も身体能力も学力も、外見以外はマジで劣るところがない。
しかし、黒髪の男は、冷酷な瞳で見下げ尽くしながら吐き捨てる。
「そんなことにも気づかない絶望的な感受性、頭脳。これは、最悪の中でも相当だな」
「……なにを言っている?」
「無能を演じていたに決まっているだろう?」
「はっ!? そんな訳あるか!」
「ならば、試してみるか?」
黒髪の男は、部下に指示して測定用の魔杖をチンゴックに握らせる。
「魔力測定か……いいだろう。しかし、俺の魔力が強大であれば、即刻この非礼について釈明をせよ」
「つべこべ言わず、さっさと魔力を込めろ」
「くっ……次元の差に吠え面かくなよ。ふんっ」
チンゴックは、握らされた硬く太い棒に全力で魔力を込める。
「んん……んはぁ……はぁ……どうだ!?」
「ゴミ」
!?
「一般的な魔法使いは30ギリ。優秀な魔法使いは300ギリ。お前は27ギリ。流石に、王族を名乗るのだから、一般には届いていると思ったたが」
「ばっ、馬鹿な! 27ギリはこの大陸でもトップクラスのはずで……」
「アホか。最強クラスは3000ギリを余裕で超える」
「そ、そんな……」
「井の中の蛙過ぎて呆れる」
「……っ」
「温室でヌクヌクと育てられたんだな。王族に魔力を使用する場面は儀式などだけだから、平時の王族であれば、それでもよかったのだろう」
黒髪の男は、そう話を続けながら、チンゴックから魔杖を奪い、ジオスへと渡す。
「さっ……魔力を」
「……」
ジオスは無表情にチンゴックを見下ろしたまま、それを握る。そして、計測された数値を掲げる。
「かはっ……1600ギリ!?」
チンゴックは夢を見ているのかと思った。自分が調子のいい時でも、30ギリは超えない。それを、越えれば最強をも越えてしまうと側近の大臣からもてはやされていたのに。
「素晴らしい。やはり、本物の王は違いますね」
「嘘だ……イカサマだ。なにか、仕掛けがあるはすで」
「そんな訳ないだろう」
「……っ」
「まあ、お前のようなクズに、時間がもったいない。調教がてら、後で十分に証明してやる」
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
チンゴックは、示された数値が信じられずに、何度も何度も連呼する。
「……はぁ」
そんな光景を眺めながら。
黒髪の男は深くため息をつく。
「絶望的な自己分析のなさだな。お前の機嫌を損なったら、正室のゼルーサ様が攻撃されるだろう? だから、ジオス王はこれまで耐えてきた。それだけだ」
「……っ」
ドクン、と。
チンゴックの胸が波打つ。
この場に、いつもいるはずの母がいないことに。
絶望的に嫌な予感が身体中を駆け巡る。
「おい、貴様……なにを言っている!? なぜ、売女を正室呼ばわりしている? 正室は我が母、インラインしかいない。は、母上はどこだ!?」
「ああ、あの淫乱なら、すでにここにはいない」
「……っ、だと! 母上を……我が母上をどうした!?」
「売った」
「……っ」




