戦後
手も足も出ないほどの敗北。果たして、それが喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか。ドグマには、判断がつかなかった。
帝国を盟約の相手と捉えれば、当然、喜ぶべきことだ。
だが――
「それを決める権利は、あなたたちにはない」
「……っ」
混沌の思考を読み取ったかのように、ヘーゼンは軍の面々に答える。
「もう一度言います。時間がないんです。私はあなたたちに対し、感情的な配慮を行う気はない。ベクトルを合わせてください」
「……なににだ?」
「ノクタール国を滅亡の危機から救うこと。今は、帝国との軋轢や、王族との関係など些末なことに拘っている場合ではない」
「……」
「……」
「わかった」
しばらくの沈黙の後。ドグマは頷き、フッと笑った。これ以上の皮肉があるのかと。ノクタール国の意志を1つにしなければ勝利はない。そのことは、この老人が常日頃から思っていたことだったからだ。
実際には、帝国側から、しかも忌々しいほどに嫌な性格の男からとは。
「なにか?」
「いや。くだらぬことだ」
「そうですか……そろそろ着くかな」
ヘーゼンが太陽の位置を確認し、つぶやいた時。
おびただしい数の馬車が訓練場に入って来た。
「な、なんだ?」
「補給です」
「……こ、これ全部か?」
ドグマは信じられないような表情を浮かべた。馬車の列は、地平線の向こうまで続いている。1つの馬車の荷を見てみると、ギッシリと物資が入っていた。
「戦争は兵站が肝です。年単位の継戦能力を保有するには、まだ足りませんが――」
そう言いかけた時、痩せこけた1人の商人が近づいて来た。すると、ヘーゼンは笑顔で彼を出迎える。
「ナンダル。ご苦労だった」
「ご苦労というか――まあ、死にそうですよ」
ナンダルと呼ばれた商人は、なんとも言えない苦笑いを浮かべた。目の隈が酷く、疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
「いつも通り、いい仕事を期待している」
「はぁ……そう言われちゃねぇ。どこに降ろせばいいんですか?」
「武器は兵舎を回って支給。食料は城に。あとは、首都ギルヴァーナ内で炊き出しを実施。当面は、まあ、そんなところかな」
「……十分、激務なんですけどねぇ」
痩せこけた商人は、嬉しいのか、苦しいのかよくわからない表情を浮かべて頷いた。一方で、ドグマたちは、目の前で起きていることが理解できずに戸惑い続けている。
「お、おい! こんなものを買える金は我が国には――」
「心配要りませんよ。お代はもうヘーゼン様から頂いていますので」
「……はっ?」
ドグマたちが驚愕の表情を向けるが、ヘーゼンは搬入された荷を確信しながら答える。
「先行投資です。士気と民意が低い国は勝てない。十分な補給と施し。そして、ガダール要塞奪還。これだけの功績をジオス王に押しつければ、カリスマ性もあがる」
「……」
「ドグマ大将、あなたも見たでしょう? 彼は王の器だ」
「そのために、ジオス王子を?」
妙だとは思っていた。なぜ、わざわざジオス王子が来たのか。
もしかしたら。
あえて軍人たちに彼の器を見せて、ヘーゼン自身はあえて悪者を演じた。ドグマは、なんとなくそう思った。
彼の思惑を読み取ったのか、ヘーゼンは平然とした表情で言葉を続ける。
「私はしょせんは帝国出身。どう取り繕おうと、どれほど鞭を使おうと、心の底から臣従はされない。そんなことはわかっているし、求めてもいない」
「……参った。貴様の腹が一向に読めない」
ドグマは降参したように答える。
「ともに戦い、勝つ。どのような思惑であれ、それが共有できればいいでしょう」
「……グハハッ! 貴殿は、どこまでもシンプルなのだな。わかった」
屈強な老兵は笑い。
ヘーゼンに向かって、手を差し出す。
「馴れ合いは好みません。互いに必要なことをし、必要な連携を取りましょう」
そう言って。
黒髪の青年はニカッと笑顔を浮かべ、その手を握った。




