決着
黒髪の青年が持っていたもう片方の魔杖を見て。ドグマは吹き出す汗が止まらなかった。まさか、このレベルの魔杖を駆使する者が、両手持ちの魔杖であることに。
2種類の魔杖を駆使することは予測していた。ヘーゼンが魔杖を持ち、窓から飛び立ったところで、複数の魔杖を扱える厄介な魔法使いだと感じた。
しかし、その場では魔杖を持ち替えていたのだ。
そもそも、両手持ちの魔杖を扱える者の分母は少ない。かつ、ヘーゼンは自分の実力に酔っている節があったので、敢えて実力を隠しているとは思わなかった。
しかし、まだ、この現象が理解できない。なぜ、ヘーゼンを討つことができなかったのか。なぜ、遥か離れた場所にヤツがいるのか。
そんなドグマの疑問に答えるように、ヘーゼンは淡々と説明をする。
「この幽幻燈日は、自身の幻影を映し出せる魔杖です。その間、自身の姿を消すこともできる。必然的に氷雹障壁の能力を騙すことができる」
「魔杖を……騙す……だと?」
「ええ。精緻さを造り出すのに苦労しましたけどね」
「……」
説明されても、理解ができない。魔杖を騙すなどと、そのようなことが果たして可能なのかも。
それに……
「ああ、なぜ左手の魔杖が映らなかったのか、ですか?」
「……」
「この魔杖はね、過去の幻影をも記憶し、映し出せる。なので、左手だけは過去のものを映し出しました。私の幻影がその場からまったく動かなかった違和感に気づけば、わかったかもしれませんね」
「……」
そんなこと、わかるわけもない。それに、とてもではないが説明がつかない。
ヘーゼンの話を信じるならば、幽幻燈日は氷雹障壁を完全補完するような造りだ。オーダーメイドと言うよりは、ヘーゼンの魔力の質に合わせて造られたかのような。
「……貴様は魔杖工なのか?」
「ええ、まあ」
「……」
両手持ちの魔杖を駆使し、超一流の魔杖工でもある。にわかに信じがたい話だ。
しかし、確かに、この手の魔杖に出会ったことがない。魔杖の種類は豊富で、大陸は広い。当然、知らないものも星の数ほどある。しかし、量産できるものはしているし、強力なものは業物として図鑑にも登録されている。
これほどの魔杖が知られていないなどと言うのは、とてもじゃないが信じ難い。
そして、ノクタール国の軍人たちも驚愕の眼差しを向けている中、ヘーゼンはパンと両手を合わせて笑顔を向ける。
「さて。なかなかいい攻撃をしてくれました。次は、私のターンですね」
「はっ! なにを言う? 2つとも防御型の魔杖ではないか! 我らが攻略法さえ見つければ勝機はある」
「2つ? 誰が2つだけと言いましたかね?」
「……っ」
いったいこの男はなにを言っている。
次の瞬間。
ヘーゼンは不敵に笑い。
発生した事象に対し。
ドグマは思わず驚愕の眼差しを向けた。
「貴様……そ、それはなんだ?」
冷静沈着を信条とするノクタール国の守護神は、思わず疑問を口にしていた。ヘーゼンの背後には、魔杖が8つ。それが、宙に浮いていたのだ。
いや、ドグマのみならず、ノクタール国の少将たちの誰もが驚愕の眼差しを浮かべていた。
通常、魔杖は1人の魔法使いについて1種類。どれほどの使い手でも最高で4種。
それが、この大陸の常識である。
「作戦立案のためです。味方には、ある程度の能力は見せておく必要があるのでね」
そう言って。
ヘーゼンが左手の魔杖を離した瞬間に、円形の魔杖が手のひらにおさまる。
「火竜咆哮」
それは、まるで竜が放ったブレスのようだった。ノクタール軍の少将たちの背を撫でるように飛翔した瞬間、炎が巻き起こる。その火柱は、数メートル以上で熱気で近づくことさえも許されない。
そして。
「長ったるいのは嫌いでね。一撃で判断してくださいね」
それに気を取られていた瞬間。
ヘーゼンは左手を前にし、
まるで、なにかを射るかのように構える。
「光白燕雨」
唱えた瞬間、一斉に光の矢が弾け飛ぶ。
数百以上のそれは、すべて不規則で、高速に飛翔する。
結果として。
その無情なる射撃は、ノクタール軍の将官たちの身体の隙間を、すべて悠々とすり抜けた。
防御系の魔杖。
それらを使用した者もいたが、すべてが破壊され、霧散した。
回避系の魔杖。
それらを使用したものがいたが、その軌道を読み、当たる寸前で方向転換した。
誰もが、その攻撃に手も足もでず。
誰もが死を予感した。
「ふぅ……追尾系の魔杖です。結構な集中と魔力を伴うので回数は限定されますが、並の魔法使いならば一撃で消し飛ぶほどの出力は出せます」
「……っ」
汗だくになりながらつぶやくヘーゼンを見て。
「……私たちの負けだ」
ノクタールの守護神は即座に白旗をあげた。




