決闘
*
一方、玉座の間を後にしたヘーゼンは、颯爽と廊下を歩き、軍務室に入る。そこには、軍の幹部たちが不機嫌そうな表情で座っていた。
「貴様がヘーゼン=ハイムか?」
「ええ。初めまして……あなたが、ドグマ大将ですね?」
ヘーゼンは帝国式の挨拶で軽く礼をする。
「……帝国の将官がなにをしに来た?」
「ノクタール国を滅亡の危機から救いに。あなた方とともにね」
「気に入らんな」
ドグマは机に足を乗り出しながらふんぞり返る。両腕を組み、明らかに挑発的な態度だ。
しかし、ヘーゼンは、笑みを崩さず話を続ける。
「まだるっこしいことは好きじゃないんです。早く決めませんか?」
「なにをだ?」
「どっちが上で、どっちが下か」
「……っ」
不敵過ぎる態度でそう言い放ち。
親指を地面へと突き立てた。
「ふざけるなよ貴様ぁ!」
中佐であるジミッドが激昂して叫ぶが、ヘーゼンの表情は微動だにしない。むしろ、挑発めいた口調で、どこまでも見下す。
「アレ? 怖いんですか? 負けるのが」
「……本気で殺すぞ?」
「だから、やろうと言っている。わからん男だな」
「貴様ぁ!」
場の熱気が瞬時に沸騰し、その場で殴りかかろうとする数人の軍人に対し。
「黙れ……」
静かだが確かな一言は、即座に軍人たちの動きを止め、軍務室はシンと静まり返った。その様子を眺めながらヘーゼンは感心したようにドグマを見る。
「流石ですね。よく猛犬どもを飼い慣らしている」
「どういうつもりだ?」
「シンプルですよ。軍人の口喧嘩など不毛だ。弱い方が強い方の下につく」
「……ククハハハ! 面白い男だ。帝国という巨大な傘の下にいれば我らを虫ケラのように扱えるとでも?」
「あなた方は私の大事な戦力だから、死んだら困る。手加減して差し上げますよ」
「「「「……っ」」」」
言葉にできないほどの殺意が、軍務室に充満した。
「……ますますふざけた男だな。ワシら全員とやろうというのか?」
「この場にいるのは、8人ですか。ハンデとして差し上げますよ。これでも、まだキャンキャン吠えますか?」
ヘーゼンは、すぐさま、身を翻す。
「……ルールは?」
「魔杖を使用しての戦闘。それだけです」
「お前は手加減してくれるらしいが、ワシらは殺すぞ?」
「構わないです。あなたたちの実力を測る意味でもありますから、どうぞそのつもりできてください」
「……」
どこまでも余裕で。
どこまでも傲慢。
どこまでも不快なその態度は。
軍の幹部たちにとって、どこまでもマイナスに、忌々しく映る。そんな空気をヒシヒシと感じながら、ドグマは軽蔑の言葉を吐き捨てる。
「ジオス王子は見誤った。こんな愚か者を我らの元へと連れてくるなど」
「ああ、言ってませんでしたね。先ほど戴冠の儀式が終わりまして。あの方は王になりました。敬称は今後、王とお呼びください」
「……なんだと?」
老人が怪訝な表情を浮かべる。
「あとで、あの愚かな元王を殴る時間くらいはあげますよ。まあ、私と戦ったあと、そこまでの元気があるのならね」
「……」
ドグマの視線が少しだけ揺らいだ瞬間、軍人のデセバートが刀型の魔杖を振るう。瞬時に刀が伸びて、ヘーゼンの背中に襲いかかった。
「殺った!」
完全な無防備。
誰もが確信を持った。
瞬間、ヘーゼンの前にあった机が真っ二つに切れる。
が。その刃は手前で発生した氷柱に阻まれる。
「ば、バカな……完全に殺ったはず……」
「元気がいいな。しかし、殺気をもう少し隠せ。もしくは、建物ごと斬りとる位の威力を磨け」
ヘーゼンが持っていたのは、小型の魔杖だった。
「氷雹障壁。瞬時に大気中の水蒸気を凍らせ、自動で防壁を張る魔杖です」
「……」
「まあ、好きなだけ攻撃してもらって構いませんが、小細工はやめて、正面から戦りませんか?」
そう言って。
ヘーゼンは悠々と軍人たちの間を通り過ぎて、窓を開ける。
「なにをしている?」
「別に。ただ、敵同士で訓練場までズラズラと行くのはマヌケですから。先に行ってます」
「……っ」
笑顔でそう言い残し。
ヘーゼンは窓から外へと飛び立って行った。




