意図
ヘーゼンが去った後。ジオスは、すぐさまマラデカ王の下へと駆け寄る。
「ち、父上! 大丈夫ですか?」
「ひぐっ……あぐぅ……ゆ゛ぅる゛からぁ……だがぁゆ゛る゛じでぅ」
「……っ」
歯が全部折れてる。心も身体も怯えきっている。拳が傷つくほどの強い打撃で、何度も何度も殴られたのだ。これは、かなり酷い。
身震いするほどの怒りが襲いかかる中、外務大臣のトマスが近づいてきた。
「ジオス王。今、魔医を呼びましたので」
「……貴様」
王と呼ばれた若き青年は、憎悪の表情で睨みつける。
「悔しいのは私も同じです。しかし、今は帝国に逆らうことはできません。どうぞ、機が熟すまでは辛抱を」
「くっ……」
この場の全員が途方もない無力感を感じ、ヘーゼンのことを憎悪する。
そして、その矛先を向けられたのは、6歳の少女だった。
しかし。
そんな殺気など毛ほども感じず、ヤンはプリプリとヘーゼンの秘書官に怒る。
「ギザールさんもギザールさんですよ! なんで、師の暴走を止めようとしないんですか!?」
「む、無茶言うなよ。そもそも、あいつが言って聞くようなやつかよ」
「……ギザール」
ノクタール国の数人が、怪訝な表情で顔を見合わせる。ヤンはそれに気づいて、柔和な笑みを浮かべた。
「ああ、自己紹介もしてなかったんですね。こちらは、元ディオルド公国の将軍だったギザールさんです」
「あ、あの雷鳴将軍!?」
驚愕の眼差しが、ギザールに向かって襲いかかる。ディオルド公国の国家規模は、ノクタール国とは比べものにならない。その中でも、特に有名な将軍の1人が、なぜこんな辺境の国家に。
「昔の話ですよ。今は、ただの小間使いです」
ギザールが苦笑いしながらつぶやく。
「嘘です、強いですよ。一瞬でそこの絵画を真っ二つにするぐらいには」
ヤンはそう答え、数十メートル先の絵画を指さす。
その瞬間に。
ギザールの姿が一瞬にして消え去り、現れ。
絵画は真っ二つに切断され、地面へと落ちる。
「あが……あががががっ」
「ご心配なさらずに。贋作です。玉座が安く見られますので、飾られるのでしたら本物を置いてくださいね」
「……っ」
ヤンとギザール以外の全員は腰が抜けそうなほど驚愕していた。
「だから、無駄ですからね? 私に危害を加えようとしても。むしろ、あなたたちの命が危なくなるので、くれぐれも控えてください」
「……っ」
ヤンは無邪気な笑顔を浮かべる。
「だいたい、無防備だからなめられるんですよ。玉座の間であれば、結界くらいは張っておいて刺客に備えれば、まだ師も大人しかったかもしれないのに」
「け、結界?」
「帝国の天空宮殿内では、常時張られていますよ。貴族同士、互いに暗殺を防ぐために。武力を奪っておく必要があるんです。難しいなら強力な軍人を常時置いておくとか。まあ、この貧弱な国力では難しいとは思いますけど」
「くっ……」
軽くディスり始めるヤンを、全員が睨みつけた。
「しかし、まずは警備体制からですね。今は、ギザールさんがいてくれてますけど、そんなに長い間、貸してくれなさそうだからなぁ……ああ、もう」
「……なにを言っている?」
ジオスがブチブチと不満を言うヤンに尋ねた。
「あなたの護衛ですよ。王が殺られちゃ終わりな盤面なんですから。まずは、そこを補強しないと」
「……まるで、ヤツが警鐘を鳴らしたとでもいいたげだな?」
「それもあります。でも、それだけじゃないです。1つの行動に、数十の意図を持ってます。1つの意図に、数百の起こりうる未来を示しています」
「……っ、き、貴様には読み取れるというか?」
「すべて読み取るのは難しいです。ですが、大筋なら」
「……」
こともなげに答えるヤンに、ジオスは驚愕の眼差しを浮かべる。
「まあ、頑張りましょう。あんな人ですが、ノクタール国を滅亡の危機から救おうという気持ちは嘘じゃないと思います……あんな人ですけども」
「あの男は……いったい何だと言うのだ!」
「超絶優秀なサイコパスです。控えめに言って」
「……っ」




