戴冠式
異常な戴冠式は、ごくごく簡素に終わりを告げた。前王の血に塗れた手で、淡々とジオスに置かれた王冠を前に、拍手する者はいない。ただ、儀式の形式の体を為せばいいという意図が丸見えだった。
そして、本日付けで、ノクタール国の少佐となった黒髪の青年は、誰もが見惚れるような仕草で臣下の礼を示す。
「さて。これをもって、あなたは正式に王となられました」
「……こんなもの誰も認めるわけがない」
ジオスは軽蔑の眼差しで吐き捨てる。
「そんなことはありません。目の前におられる大臣たちもまた、それを目の当たりにしているのですから。ねえ?」
ヘーゼンは爽やかな表情で微笑む。
「「「「「……」」」」」
それを直視する大臣はほとんどいない。現実逃避するように、目の前の悪魔に魅入られぬよう下を向く。
憎悪の気概を吐くのは、唯一、王となったジオスだけだった。
「このような屈辱……帝国の従属国になったのと同じだ」
「……今までが違ったような物言いはやめた方がいいでしょうな」
「な、なんだと!?」
「同盟とは対等な力を持つ国家同士が結ぶ盟約だ。しかし、ノクタール国が帝国の命令に逆らうことなどはできはしない。これが従属国でなく、なんだというのです?」
「くっ」
ジオスは歯を食いしばりながら睨みつける。
「 体裁だけ『同盟国』と名乗ったところで、帝国はそうは見なさない。いや、むしろそんなくだらない中途半端な自尊心など与えられるから、ノクタール国の真なる姿が見えてこない」
「……なぜ、貴様がそんなことを言う?」
それは、これ以上ない皮肉だった。その考えはジオス自身が常日頃から感じていることだったからだ。しかし、ヘーゼンは表情を変えずに言葉を続ける。
「それは、私が真にあなたの家臣だからですよ」
「はっ! とてもじゃないが信じられないな」
「少し勘違いされているようですが、私は帝国からノクタール国を存亡の危機から救うように指示されております。だから、必ず救って差し上げますよ。なにがなんでもね」
「……」
「しかし、救い方は私のやり方でやらせてもらう。それだけです」
「こんな、我らを愚弄するようなやり方でか!?」
「甘すぎますな。これからの道のりに、まだ無駄な自尊心を抱えている」
ヘーゼンはジオスの元に近づき、ジオスの眼を真っ直ぐに見つめる。
「これから、民にも相当な負担をしくのに、為政者である我々が血も吐かないなどと。私たちが率先して膿を出し切り、腐食部は切って捨てなければなりません。あなただって、本当はわかっていたはずだ」
「……」
「王には王たる義務がある。あなたは、新たな王として先王の悪政を認め、無能を認め、より有能な次世代へと繋ぐ役割があるのです。あなたにしかできないから、あなたに強いているだけです」
「……騙されないぞ」
とてもじゃないが、信用ができない。この男は自身に都合の良い傀儡を作り上げたいだけだ。
「私はこれからジオス王子の顧問として、王道を歩んでいただくお手伝いをさせてもらいます。そのために、やれることはすべてやるつもりです。ヤン」
ヘーゼンは、マラデカ王の介護をしている黒髪少女を呼ぶ。
「なんですか?」
「しばらく、ジオス王の下で従事しなさい」
「師の言うことは聞きたくないですけど、はい」
「ヤンは優秀です。どうぞ、お役に立ててください」
「……私が貴様の手先を信用するとでも?」
「必要なのは信用ではありません。その少女を見ていれば、いずれわかりますよ」
そう言い残し。黒髪の青年は颯爽と玉座の間を後にした。




