覚悟
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ジオス王子は、意気揚々と廊下を歩いていた。その表情には、亡国の危機をなんとか回避しようという気概が感じられる。
ヘーゼン=ハイムという帝国軍少将。ジオス王子は、その真摯な姿に一筋の光明を見いだした。彼は堂々たる猛者であり、真に同盟国として接してくれる姿勢に、感銘すらも覚えた。
未だ帝国における不信感は払拭されず、その思惑はわからない……しかし、彼は信じていい人物だと確信を持った。
「失礼しま……っ」
ジオス王子が軍務室へと入ると、そこは殺気でギラついた面々がいた。そのあまりの威圧に圧倒されるが、グッと胆力を込めて中へと入る。
「王子自ら、なんの御用ですかな?」
発言したのは、ドグマ=ドウル。ノクタール国軍の大将である。その老獪な戦術眼は、大陸でも広く知られており、イリス連合国軍からの猛攻を実に3年間耐え抜いた、国家を代表する守護神である。
「が、ガダール要塞陥落の報を聞いているでしょう? 帝国軍の少佐、ヘーゼン=ハイム殿がドグマ大将との会談を希望しています。ぜひ、早急に準備して頂きたい」
「……今は忙しいので、別の機会に」
「なぜですか!?」
「なぜ……だとぉ!?」
荒々しく机を叩いたのは、中将のジミッド=ラグゥ。彼もまた、勇猛果敢な良将である。
「ヤツら帝国の仕打ちを忘れたのか!? 3年間。イリス連合国の容赦のない猛攻に耐え抜いてきた我々に対し、ヤツらはなにをしてくれた!」
「……っ」
この怒りは、帝国だけではなく、ノクタール国の王族に向けられていると言っていい。今回、帝国からの支援を喜び、一任したのはマラデカ王の独断だった。
結果、帝国の無能な将のせいで、ガダール要塞が陥落したのだ。
「そもそも、帝国に任せずに我々を信頼すれば、ガダール要塞が奪還されることもなかった! それを、『取り戻してくれた』と嬉しがって帝国に頭を下げるのか!?」
「そ、それは……」
「ジミッド、控えろ」
「ぐっ……はい」
激怒の声を、ドグマが静か沈める。
「ジオス王子。申し訳ないが、時期が悪い。我々には気持ちを整理する時間が必要だ」
「……それを、イリス連合国が待ってくれると思いますか?」
震えながらも、精悍な表情をした少年は必死に訴える。
「なんだとぉ!」
「ひっ……」
ジミッドが机を拳で叩き割る。今いる面々は、王族であっても御しきれない軍人なのだ。あくまで、大将のドグマだけがその手綱を引くことができる。
しかし、退くわけにはいかない。
「あ、あなた方の怒りはわかる。しかし、今はそのように仲違いをしている時ではない」
ジオスは膝をつき、両手を地面へとつけた。そして、深々と土下座をする。
「この通りだ。どうか、ヘーゼン=ハイムと言う男と会って判断して欲しい」
「……王子」
「今は国同士で割れている時ではないのだ。もちろん、王族である私も……いや、私たちも身を斬る覚悟でことに臨む」
「……」
「ヘーゼン=ハイム殿は信頼できる人物だ。少なくとも、この有事の際に、帝国だのノクタール国だの、くだらない自尊心に囚われている者ではない」
「……くだらないだと?」
大将のドグマが圧倒的な殺意を持ってつぶやく。しかし、ジオスは怯むことなく頷いた。
「ええ。くだらない。我らの肩に乗っているのは、なんですか?」
「……」
「国民だ。国が滅ぼされれば、我らは全員奴隷の憂き目に遭う。そんなことをさせないためにも、我らが一致断言をせねばならないんです。そのためなら、私の安っぽい頭などいくらでも下げます」
「……」
「……」
しばらくの沈黙が流れ、やがて、ドグマがため息をつく。
「連れてこればいいでしょう。この猛者の群れの中に、一人で来られるのならね」
「……っ、ありがとうございます!」
ジオスは深々とお辞儀をして、軍務室を後にする。そして、足早に廊下を歩く。
確か、今の時間帯は任命式だ。1秒でも早くことに当たるため、玉座の間へと向かう。
身を斬るための改革。
王族が率先して、それをしなければいけないのだ。自分は王族の末端で、何の力もない。しかし、兄たちにも……父であるマラデカ王にも訴えかけなければ。
それこそ、血を流すほどの覚悟で。
ジオスは壮絶な想いを胸に秘めた、玉座の間に足を踏み入れる。
「失礼しま……」
玉座の間の絨毯が、真っ赤に染まっていた。




