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職務


 廊下を早歩きしながら。外務大臣のトマスは、なおも警戒を崩さない。ヘーゼン=ハイムと言う男が、礼節のある素晴らしい軍人であることは理解できた。


 しかし、同時に懸念もある。軍人はその性質故、自らの戦功に拘るものだ。


 今回、ガダール要塞の攻略は破格の進撃だった。神がかり的……いや、悪魔的と言ってもいいその攻略劇は、帝国に所属していれば間違いなく即階級特進。


 加えて、大規模の土地と報奨が授与されるだろう。しかし、現状ノクタール国にそれを準備できるほどの財政はない。


 下手をすれば、そこで態度が急変する可能性もある。


「それで……その、今回のガダール要塞解放における戦功ですが――」

「戦功? ああ、必要ありません」

「ひ、必要ない?」


 トマスにとっては、耳を疑うような言葉だが、ヘーゼンはこともなげに答える。


「貴国の財政状況は把握しております。また、我々の目的はノクタール国を亡国の危機から救うこと。すなわち、失敗は死を意味する。よって、今、その戦功を受け取ったとしても使い道はない」

「し、しかし……本当にいいのですか?」

「ええ。そして、私はあくまで帝国所属の将官です。なので、貴国から過分な報奨を得ようとは思いません。あくまで、ノクタール国の制度に則った報奨を頂ければそれで十分です。もちろん、貴国の危機を救った上で」

「……」


 なんという神対応。帝国に……いや、ノクタール国ですら、こんな公明正大な軍人は見当たらない。トマスは、ヘーゼンという男を信頼に足る人物と見なし笑顔を浮かべる。


「そのご厚意、ありがたく思います。お恥ずかしながら、今の我が国の財政はかなり心許ない」

「それよりも、軍のトップとの会談までの予定は?」


 トマスの弱音など気にせずに、ヘーゼンは次々と話を進める。


「えっと……半日後にマラデカ王と玉座の間で謁見を」

「なるほど。そこで、正式にノクタール国の少佐となるということですな」

「ええ。また、今回のガダール要塞奪還の授与式も執り行おうかと。そこで、階級を中佐待遇へ上げようと考えております」


 せめてノクタール国でできる精一杯の誠意は見せたい。しかし、そんな気遣いに対し、ヘーゼンは首を横に振る。


「それは、やめておいた方がいいでしょう」

「……と言うと?」


 トマスが怪訝な表情を浮かべる。


「秘書官が作成した報告書を読みましたが、そもそもガダール要塞奪還の責は帝国側にある。それにも関わらず、私の階級が上がれば、少なからずノクタール国の軍部と軋轢が起きます」

「そ、それは……」


 非常にあり得る話だ。現状、ただでさえ王族と軍部とは距離が離れている。この理由は明確で、帝国の無茶苦茶な要求を半ば強引に了承したからだ。


「私は、それまでノクタール国が死守してきた貴国の軍を高く評価してます。今、この状況で無用な敵対をすべきではない。昇格の件は内々に辞退させてください」

「ご、ごもっともです」


 いちいち神対応。なんて、素晴らしい軍人なのだろうと、トマスは感動すら覚える。


「それよりも、貴国の政情が知りたいのです。資料を揃えてもらえますか?」

「せ、政情ですか。わかりました、即刻文官たちにまとめさせます」

「いえ。案内して頂ければ勝手に見ます」

「勝手に……わかりました」


 了解しながらも、トマスはまたしても怪訝に思う。生粋の軍人が、内政面のことについて何を知ろうというのだろうか。しかも、文官からのまとめ資料もなしに。


 数分後、司書室に到着したヘーゼンは目ぼしい書物を大量に取り出してめくり始める。


 パラパラパラパラと。


「……」

「……」

「あの……」

「はい?」

「なにを探しているのですか?」

「探す? 読んでいるのですが」


 !?


「そ、そ、それはどういう?」


 トマスは聞かざるを得なかった。ただ、一冊の文書をパラパラパラと高速でめくっているだけだ。実に数十秒。数十万文字の書類が次々と、信じられない速度で、積み上がっていく。


()速読です。普段は1ページ1秒かかりますが、要点を把握するだけですので、お気になさらず」

「……はっ……くっ……」


 意味不明。1ページ1秒!? そして、今は0.1秒もかかっていない。圧倒的に不可能なレベルで、書物が山のように積み上がっていく。


 いや、流石にそれは……


「ち、ちなみに我が国における財政の原則は?」

「穴が多いですな。特に『財政法第5条3項』。これでは、上級貴族が不正を犯すことが合法となってしまう。後から同様の指摘をヤンという少女がすると思いますので、事前に目を通されるよう大臣にご連絡を」

「……っ」


 ヘーゼンは迷わず書物を手に取って、瞬時にそのページを開く。そこは、紛れもなく財政法第5条3項の事柄が明記されていた。


「あの……その……えええっ!?」


 脳が追いつかない。理解がついてこない。そんな風に思考しているうちに、ヘーゼンはドンドン書物を積み上げていく。


「ち、ち、ちなみに、そのヤンと言う少女とは?」

「私の秘書官です。6歳ですが、使えます」

「はぐうっ……ろ、6?」

「文官面では、私と同じようなことができますので、こき使ってやってください」

「……っ」





















 とんでもないヤツが来てしまった。


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