出迎え
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ノクタール国の首都ギルヴァーナ。人通りはほとんどない。情報に聡い貴族や商人たちは、すでに、この国を見限って亡命していた。かつての賑わいがまるで嘘であったかのように閑散としている。
金のある者から順に逃げ出しているのだ。
「……」
皮肉にも。主城であるサザラバーズ城は、その景色がよく見えた。亡国となる寸前の破綻国家の様子が一望できる高さが、余計に痛々しかった。外務大臣のトマスは、その悲観的な光景を眺めながら、城の門前で出迎えの準備に勤しんでいた。
「しかし、本当にガダール要塞を陥落させるとは」
あれから、幾度も兵に確認させたが、間違いのない情報だった。しかも、実に1日と掛からなかったと言う。しかし、それでも、未だ信じられない。例えば、帝国の中将級が指揮する強力な師団が投入されでもしなければ、絶対不可能と言えるレベルだからだ。
「……帝国は本当に信用に足るのだろうか」
先日会談を行った帝国少将ゲレーロは、まるでノクタール国を切り捨てるかのような物言いだった。しかし、ガダール要塞を陥落させたのは、ノクタール国の勇士ではなく、新たに派遣された帝国の新任将官である。
「ともあれ、盛大にもてなさねば納得はしまい」
勝ち戦から凱旋した帝国の少佐。今までの将官は、かなりの接待を要求してきた。すでにノクタール国の財政は逼迫しているので、率直に言って手痛い出費だ。ただでさえ、同盟国に派遣される将官の給金は破格だというのに。
たとえ、少佐級であってもノクタール国少将級のそれを要求される。加えて、戦果でもあげようものなら、破格の金額を要求されても不思議ではない。
そんな中、豪奢な服装をした少年が、トマスの元へと近づいてきた。
ノクタール国第3王位継承者、末弟のジオスである。凜々しい顔立ちをした若年の王子は、厳しい表情を浮かべている。
「お、王子!? どうされたのですか?」
「ガダール要塞を陥落させた帝国の将官を出迎えるのだろう? 私も同席させてもらう」
「そ、そんな。一国の王子が出迎えるなど」
「今はそのようなことに拘っている時か? 私がいれば、帝国の将官もそこまで無茶苦茶な要求はしないだろう」
「王子……」
聡明な方だ。生まれた国が強国であったならば、間違いなく賢王と呼ばれる器だろう。トマスの目から見ても、現在の王マラデカは、戦乱の王たる器ではない。長男のチンゴック王子も次男のオナルン王子も、甘やかされて育てられたからか、王としてはかなり物足らない。
トマスは、この国の最後を見届ける覚悟ではいるが、いざとなればジオス王子だけでも、と胸に秘めていた。
そんな中、帝国率いる兵団がやってきた。先頭にいる黒髪の青年は、恐ろしいほど顔が整っていた。異様に冷たい雰囲気をまとっている。彼は、颯爽と馬を下り、トマスたちに対し帝国式の礼を尽くす。
「このたび帝国から派遣されたヘーゼン=ハイムです」
「……っ、外務大臣のトマスです」
率直に言って驚いた。帝国将官とは、皆尊大な物言いで、こちらよりも先に礼儀を尽くすことなど少ない。慣例では、当然、強国である帝国側が後に礼を示すものだ。なので、ヘーゼンが先んじて礼を示すなどは異例だ。
「ノクタール国第3王子のジオスです。この度は、ガダール要塞を解放して頂きありがとうございます」
「王子自ら。これは、恐れ入ります」
「……っ」
ヘーゼンは柔和な笑顔を見せ、今度はノクタール国式の礼を示した。ただ、単にジオス王子の礼節を真似た訳ではない。事前に、この国の文化を学んだ上での至極丁寧な礼節だ。
「では、今後のノクタール国の戦略について話し合いたいのですが、可能であれば、軍のトップと会談をさせていただきたい」
「こ、これからですか?」
「非礼であることは承知しておりますが、今は国家存亡の危機。1分1秒でも時間が惜しいのです。なんとか、お時間を作って頂くようお願いします」
「……」
なんという行動力。帝国の少佐級であることは承知しているが、いきなりノクタール国の大将との会談を申し込むなんて。しかも、帝国である将官が深々と頭を下げてお願いをするなど、今までの将官では考えられない。
「トマス。私が、説得に行こう」
「そ、そんな。ジオス王子」
「いいんだ。むしろ、私は恥ずかしい思いだ。我がノクタール国にこれほどの危機感も感じていない現状に。ヘーゼン殿。むしろ、こちらからお願いしたい」
「……感謝します」
ヘーゼンは、王子に対し深く礼を尽くす。
「それでは、兵舎へと案内して頂けますか? まずは、彼らを休ませたい」
「わ、わかりました。では、案内します」
戸惑いながらも、トマスは後方に控える兵たちの先導を指示した。




