前進
数時間とかからずに。山のような無惨な死体とともに、要塞の制圧は完了した。
ギザール率いる兵団が解放した捕虜たちは、総勢で3000名。彼らは武器を持ちイレス連合国の兵たちに襲いかかった。カク・ズとヘーゼンの異常な猛攻で、敵兵の士気は低下しきっていた。恐慌状態に陥っていた彼らは、やがて、なす術もなく降伏した。
そして。
捕虜だった兵たちは歓声を上げて、救国の英雄を迎え入れる。
しかし、誰もが見えるよう壇上に上がった黒髪の青年は、その熱気に乗せられることもなく、表情を1ミリも変えることもなく、全員に聞こえるように話し始める。
「聞け! このたび、ノクタール国の少佐に就任したヘーゼン=ハイムだ」
その声は、全員の耳に驚くほど通った。あらかじめ、聞こえるように魔法を施しているからである。
「捕虜にした者は丁重に扱え。手荒な真似をした者は、死を持って償わせる」
「……っ」
瞬間。先ほどまで蔓延していた勝利の雰囲気が一変する。
「そ、そんな……親、兄弟を殺された者だっているんだ!」「そうだ! 復讐だ!」「アイツらを八つ裂きにしなければ腹の虫が治まらねぇ」
反論めいた声がチラホラとあがる。
しかし、ヘーゼンは冷徹な視線で見下ろしながら、淡々と答える。
「ならば、手荒に扱えばいい。ただし、そうした者たちは、その後に死を味うことになる」
「……っ」
「繰り返す。親、兄弟、子、友人の仇を取りたいと思うならば、止めはしない。ただし、その後は無残な死が訪れるだろうことは忠告しておく」
「そ、そんな!」
「私はこのノクタール国を勝たせるために、任に就いたのだ。君たちの個人的な感情に付き合う暇はないし、興味もない。そして、今生きている者たちを守ろうと前を向きもせず、憎しみに囚われる者を生かす気もない」
「……っ」
「繰り返す。私は帝国から派遣された将官だ。したがって、君たちの復讐に付き合う気はない」
言った途端に、反感の色が周囲を支配した。先ほどまでの盛り上がりが嘘かのように、冷たくシーンとした空気が流れる。
「君たちは勘違いしているようだが、君たちの大事な者たちが奪われたのは、君たちのせいだ」
「……な、なんだよそれ!?」
「わからないか? 弱いからだ」
「……っ」
ヘーゼンは反論をした兵を一瞥で見据えて黙らせる。
「君たちの国は弱く、帝国の無能どもの好きにされた。理不尽だと言いたいのだろうが、違う。君たちに逆らうほどの力がなかったからだ。所詮は弱者は強者の玩具でしかない」
「「「「「……」」」」
誰もが下を向き、歯を食いしばった。己の無力を噛み締め、拳を握り締めた。
そして。
黒髪の青年は淡々と話を続ける。
「私についてくる者には、機会を与える」
「……」
「君たちが弱かったが故に守り切れなかった者たち。その事実を背負い、今生きている親、友人、兄弟、子を救う機会を与える。ただし、それは容易な道ではない。故人の恨みを晴らすなどと言う安易な道よりも遙かに難しい」
「……」
「しかし、それでも、守りたいと願うなら。守ろうという意志を示すのなら。私に付き従え。私は君たちの欲する物をもたらすことを誓う」
「「「「「「……うおっ、うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」
群衆はうねりをあげる呼応する。
ヘーゼンは相変わらず冷徹な表情で、背中を向けてその場を去った。
「珍しいな。檄を飛ばすなんて」
後からついてきたギザールが、口笛をピューッと鳴らしてはやし立てる。
「……それだけ厳しい道のりだ」
「お前でもか?」
「ああ。イレス連合国は紛れもない大国だ。継戦能力では歯が立たない。短期決戦に持ち込む必要があるが、今はその糸口すら見いだせずにいる」
そう答えると、ギザールが信じられないような表情を浮かべる。
「おいおい、弱音か?」
「事実だ。今のままでは、やがて疲弊する。孤立し、絶え間ない四方の攻めで滅亡の憂き目に遭う」
「……」
「戦争というものはそう言うものだ。1人で勝つことなどできはしない」
「嫌になるね。そんな状況を望んで志願するなど、誰も思わないだろう」
ギザールは大きくため息をつく。
「必要なのは、軍の爆発的な成長だ。それに賭けるしかない」
「……どれだけ死ぬか」
「仕方がない。例え、誰を犠牲にしても進むさ」
「……」
そう言い残し。
ヘーゼンは、淡々とした表情で歩いた。




