陥落
*
遠く離れた北門付近で。
「……相変わらず、異常な膂力だ」
ヘーゼンは苦笑いを浮かべながら凶戦士を褒め称える。これだけのインパクトを与えられる攻撃力は、大陸広しと言えど、そうはいない。これなら確実に、大量の魔法使いが投入され、奇襲をかけてきたと思うだろう。
「さて。こちらもやるか」
ヘーゼンは、悠々と馬で走る。300メートル地点。ここでも、誰も気づかない。カク・ズが行った派手な演出のお陰で、要塞にいるすべての兵が視線を奪われていた。
門から数十メートル離れた付近で。
ヘーゼンは、右腕の魔杖『浮羽』を掲げて遥か上空へ跳躍する。これは、自身の体重をゼロにする魔杖である。そのため、蹴り上げた方向に浮遊することができる。
そして。
左手に持った円形の魔杖を投げる。
「火竜咆哮」
それは、まるで竜が放ったブレスのようだった。砦要塞の左上部を撫でるように飛翔した瞬間、炎が巻き起こる。
それに気づいた頃には遅かった。端にいた兵たちは一瞬にして灰となり、叫び声を上げることもなく消滅した。
悲惨だったのは、即死を免れた者たちである。
「「「「「「ぎゃああああああああああああああああ」」」」」
鋼鉄鎧を着た兵。対抗して魔法を放った兵。恐怖で飛び降りた者。彼らはいずれも断末魔の叫びを上げ、生き絶えた。
壊滅。
数キロの一画にいた百を超える見張りが、一瞬にして壊滅した瞬間だった。
「……とんでもないな」
東門付近で。ギザールは苦笑いを浮かべながらつぶやく。数人の魔法使いが対抗魔法を放っていたが、いかんせんレベルが違いすぎる。
その灼熱を軽々と放てる者が大陸に何人いるか。
しかも、無数の魔杖を駆使することを苦にもしない魔法使いなど。
「まあ、信じられないけど……いるんだよなぁ」
ギザールがため息をついた時、部下の女性が声をかける。
「準備完了しました」
褐色肌のキアナという女性である。彼女率いる兵団は、ドクトリン領で奴隷となっていたが、その後、ヘーゼンに助けられて以来、ギザールによって鍛えられた。
その後は、商人のナンダルに護衛として雇用していたが、今回は要塞攻略としての傭兵として使っている。
「はぁ……まっ、こちらは地味に行くか」
ギザールが手を上げると、突如として門が開く。
「ば、ばかな……敵しゅ……」
見張りが叫ぶ前に、彼らの首が一瞬にして転がる。
雷切孔雀。閃光の速さで、移動が可能な雷系の魔杖である。
「き、貴様……何もっ……?」
問うた者の首は、すでにギザールの手元にあった。なにが起きたかもわからないまま、理解不能な表情を浮かべた顔は、そのまま動くことはない。
出血も……絶命したことすら忘れるほどの切れ味に、隣のキアナは苦笑いを浮かべる。
「……ギザール様も紛れもなく化け物だと思いますけどね」
「アホ。俺は常人だよ。あんな人間を卒業したヤツと一緒にされちゃかなわない」
「ふふ……」
「さあ、常人は常人らしく、地道に仕事をこなすぞ」
「はい。お前たち」
キアナが指示をすると、女性たちは、四方に散らばって行く。事前に要塞の地図は把握済みだ。
ギザールは地図を見ながら進む。その間、見られた兵については一瞬にして首を刎ねる。彼自身はあまり好きではないが、隠密行動こそが雷切孔雀の真骨頂だ。
魔法使いでないものにとっては、為す術もない。
やがて。
地下室に辿り着いた。ギザールは看守の首を即座に斬って、牢屋の鍵を開ける。
囚われた者の1人が驚いた表情で目を見開く。
「……あなたは?」
「俺の名など、どうでもいい。リーダーは誰だ?」
ギザールは静かに尋ねる。
「私です」
「名は?」
「ジョセフ=ロイエン。ノクタール国の元少将です」
「そうか。では、手短に言う。私は、これから、お前たちを解放する」
「ど、どういうことですか?」
「この要塞を陥落させる時が来たと言うことだよ」
「まあ、天使の使いか悪魔の使者かはわからんがね」




