狼煙
戦火の狼煙は、カク・ズから投入される大量の紅蓮からであった。
投擲距離は600メートル。要塞からの射程の倍以上から繰り出される衝撃的な破壊力は、十数本のそれを軽々と持ち上げ、投げ入れることでもたらされる。
数秒後、要塞の上部から無数の爆風が降り注いだ。その場にいた者は、慄きも、叫びも、嘆きも、ないまま跡形もなく消滅した。
そして。
「て、敵襲ー! 敵襲だぁー!」
指揮官らしき者の声が響き、西門が開いた。カク・ズは次々と紅蓮を投げ入れるが、所詮は多勢に無勢。やがて、数十人の兵たちが近づいてきたところで、巨漢の戦士は鉾のような魔杖を置いて、自身の魔杖に持ち替える。
異様な大きさの長物は、盾のような鋼鉄がついている。
「貰っ……ひっ……」
近づいてきた勇猛な戦士の目には、それが異常なほど禍々しく見えた。
「行くぞ……凶鎧爬骨」
カク・ズが叫ぶと共に、長物に纒う鋼鉄がカク・ズの身体にまとわりつく。瞬く間に全身鎧となったそれは、まるで猛り狂った獣のようだった。
「ひっ……ぷきゃぷっ!?」
瞬間、イリス連合国の兵を、拳で頭ごと潰す。
人外の膂力。
そのまま、カク・ズは雪崩れ込もうとしている兵たちを格闘で潰していく。殺すのではなく、潰す。もはや、そうとしか言いようがなかった。
躊躇なく、一振り一振りの拳で、鎧ごと、その身体をもぎ取るように潰していく。
「ひっひっひっ……殺せーーーー!」
恐怖の号令が響き、多人数の兵たちが襲いかかる。
「終わりだ!」
数人の戦士が大剣を一斉に振るうが、カク・ズの全身鎧に阻まれ止まる。
「あぎょおぃ!?」
カク・ズは戦士の首を力任せにねじ切った。そして、周囲の敵兵を駆逐した全身鎧の巨漢は、天に向かって咆哮をあげる。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そのあまりの巨大な声に、異様さに、禍々しさに、イリス連合国の進軍が止まった。
それどころか。
「ひっ……ひいいいいいいいいっ!」
「おい、馬鹿! 逃げるなー」
蜘蛛の巣を散らしたように。兵たちが逃亡を始める。そのあまりに人外の暴力に臆し、怯え、慄いた兵たちの士気はもはやゼロに等しかった。
しかし。
カク・ズは、右手で持っていた鎖状の剣を模した魔杖を振るう。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
瞬間、逃げていた兵も、怒りに任せて向かってくる兵も、怯えてうずくまった兵も、すべて無惨に首が飛ぶ。
鎖状の剣は、数十メートル以上の伸縮性を誇るそれは、紛れもなく異様だった。一瞬にして、この一帯はイリス連合国の兵たちの血で染まった。
凶鎧爬骨。攻防一体型の魔杖である。ヘーゼンが銘をつけたこの魔杖は、5等級の上級宝珠をはめ込んでいる。
纏いし者の全身に魔力が行き渡り、その視覚、嗅覚、味覚、知覚、聴覚の五感。また、膂力が超人的に上昇する。
しかし、代わりに自我が失われ、凶戦士化する。それが、例え味方であっても変わらない。
ただ、能力を解放したその瞬間に自身に命じた言葉のみを遂行する。
カク・ズが自身に課した命令はただ1つ。
近づく者を、そして攻撃する者を皆殺しにしろ。
「「「「「「……」」」」」」
そのあまりの暴狂振りに。誰も近づく者がいなくなる。すると、カク・ズの動きがピタリと止まり、そのまま動かなくなる。
「死んだ……のか? おい」
「……」
「なにをしている! 早く行け!」
「……っ、はい!」
指揮官らしき者が、下っ端の兵を前線に向かわせる。
1歩……2歩……3歩……
「あぱ?」
そう尋ねるように呻いた兵の首が逆さまになって落ちた。鎖状の剣が一瞬にして振るわれたからである。
「ひっ……ひいいいいっ。ゆ、矢だ! 矢を射ろ!」
指揮官が命じ、後方にいた兵たちが一斉に矢を放つ。
その瞬間。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
漆黒の鎧を纏った巨体が猛烈な速度で突っ込んできて、再び鎖状の剣が振るわれる。瞬間、範囲内の弓兵の胴体が真っ二つになった。
「ま、魔法使い……魔法使いを……ほべっ!?」
救援を指示する前に。
範囲内に入ってしまった不幸な指揮官は、拳でぺしゃんこになった。




