失礼
そして、ヘーゼンの辞令交付当日になった。天空宮殿人事院室の前にブュギョーナが2時間前から待機していた。すでに、勝ち誇った表情を抑えることなく、不気味な笑みを浮かべている。
そんな中、ヘーゼンがこちらに向かって歩いてきた。相変わらず平然とした無表情を貫いていて、見ていて滑稽だった。
「ひょほっ」
本当は憎くて憎くてたまらないはずなのに、『自分は気にしてませんよ』と言いたげなポーカーフェイスがたまらなく興奮を覚える。
そして、ヘーゼンはブュギョーナの前に立ち止まって、礼をする。
「本日は、どうされたんですか?」
「でひょ……でひょでひょでひょ……あ、私も同席しようと思ってな」
「……そうですか」
ヘーゼンは表情を変えずに答える。
「嫌だったか?」
「ええ」
「でひょ……なんでぇ? せっかくの辞令の日なのにぃ? 本当ならウキウキだろう? みせびらかしたいだろう? なんでぇ!?」
ブュギョーナは顔をグイグイと近づけて、尋ねる。
「それは……少し失礼に当たるかもしれませんので」
「んいいよぉ。あ、別に私はまーったく、そんなの気にしないからぁ……でひょ……でひょでひょ」
「気持ち悪いんです」
!?
「……んっはぁ!?」
シンプルに酷い。
「申し訳ありません。少し言い過ぎましたか?」
「ま、ま、負け犬の遠吠えだろう? 惨めな負け犬風情に、いくら言われたって気にする訳がない」
「そうですか、よかった。では、失礼ながら、負け惜しみついでに、私も一つご忠告を」
「あ、なにぃ? なにぃ? なんでもどうぞぉ? 無礼講で全然結構ぉ!」
こんなヤツの言うことなど1ミリたりとも心に響かない。ブュギョーナは、何度も何度もそう言い聞かせた。実際、ヘーゼン亡き後のことを思い浮かべて小刻みに腰を振り始める。
すると、傷ついた気持ちは回復し、むしろ、興奮を覚える。やがて、死んだ時に、毎度こいつのことを思い出しながら、コイツの母親を犯し尽くし、むしゃぶり尽くすのだ。
「……」
そんなプュギョーナを眺めながら、ヘーゼンは「では」と切り出した。
「発情した犬のように、人前で腰をカクカク動かすのはやめた方がいいかと。特に異性にしてみたらゲボ吐きそうな位気持ち悪いと思いますので」
「ひょばっ!?」
いくらなんでも。
失礼が過ぎる。
プュギョーナは膨張しきった頬をリンゴのように赤ながら反論する。
「あ、そ、そ、そそんなことはしていない!?」
「……そうですか」
「ち、ちなみになぜそんなことを」
「聞きました」
「あ……誰から?」
思い当たるところで言えば、ブュギョーナの部下だが、誰かまでは特定できない。即座に名前が挙がれば、問い詰め、犯して犯して犯し尽くそうと心に決めた。
「全員です。あなたの女性部下、全員」
!?
「あ、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!」
「本当ですよ」
「嘘をつくな!」
「本当ですって。命懸けます」
「……っふっひょ」
命懸けるの!? とブュギョーナは思った。そして、そんな風にショックを受けているところに、畳みかけるようにヘーゼンは言葉を続ける。
「言ってましたよ。『よく、いい上司面しようとする時があって、それがなおさら気持ち悪い』って」
「ひょっぐっ……」
「他にも、『大丈夫? って聞かれてお前のせいで大丈夫じゃないからキモい顔を近づけてこないで欲しい』とか。『心配している時に、本当はこちらの性的な事情を探ろうとしてきているんじゃないかと本当にキモくて恐怖を覚える』とか」
「ひょおっぶっ……」
「存在そのものがセクハラになるんだとすれば、極力部下とは話さないようなマネジメントを心がければいいと思いますよ?」
「はひょばっふぅ……」
極、酷過ぎる。
「あ、だ、だ、だ、誰だそんなことを言っているヤツは!?」
「だから、全員ですって」
「へひょぶっ……」
全員。部下の全員が漏れなく口にしてると言うのか。こちらは、今まで、ある程度の信頼が得られるよう優しくしてきたつもりだ。
それなのに……それにも関わらず、全員が心の底から気持ち悪いと思っていたなんて。
「部下の対応には気をつけているみたいですが、存在自体がセクハラですので、無意味かと。特に性的嫌悪感を感じる異性の部下ばかり登用するのもやめた方がいいかと思います。それが、ますます気持ち悪いともっぱら噂ですので」
「……くひょっ」
思わず涙が出てきた。無礼講とは言ったが、さすがに無礼過ぎる。負け惜しみにしても、あまりに酷過ぎる負け惜しみ。
しかし、情報源を確認しない訳には。
「噂とは……どこからのだ?」
「天空宮殿中です。知らないの、あなただけですよ?」
「……っふっひょ」
ほぼ全員から、気持ち悪いヤツ扱いされているなんて。
「しかし、こちらとしても驚きました。気づかないものですね。まあ、さっきも無意識に腰振ってましたもんね」
「あ、ふ、ふ、振ってない!」
「振ってますって。命懸けます」
「ひょばっ……」
すぐ、命懸けで罵倒してくる。
「失礼ですけども、内面の気持ち悪さが滲み出てると思いますので、その気持ち悪い性格から直した方がいいと思いますよ?」
「……はびょっ」
こいつ。『失礼ですけど』という枕詞を使えば、なにを言ってもいいと思っているのか。
「あ、貴様……いい加減にしないと……殺すぞ」
プュギョーナは魂を込めてヘーゼンを睨む。
「あと、『その視線も気持ち悪い』と言ってましたから、失礼ですが、自ら目を潰すことをオススメします。では、入りましょうか?」
「ひゃほっふぶっ!?」




