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自分

           *


 その日、ブュギョーナは昂ぶっていた。エヴィルダース皇太子との謁見があり、その際にヘーゼン=ハイムの報告を行うからだ。


 太った身体で廊下を闊歩しながら、相変わらず不気味な笑みを浮かべてつぶやく。


「でゅふ……でゅふふふ。あのクソ生意気なクズめ。絶対にぶち殺す」


 いや、それだけでは済まさない。今回、ヤツの家族関係も徹底的に調べ尽くした。特に、母のヘレナ。ヤツが見ている前で、徹底的に犯しまくって自分を罵倒したことを一生後悔し尽くしてやる。犯して犯して犯し尽くす。


「でゅふ……でゅふ、でゅふ」


 想像しただけで、口内からじゅるりと涎が漏れる。隣の執事がそれを拭った後、エヴィルダース皇太子の部屋に入った。


「……」


 そこには、すでに筆頭秘書官のグラッセと第2秘書官のアウラが待機していた。当然、下位の秘書官たちも待機している。


「……あ、いらしたのですか。申し訳ありません」


 ブュギョーナはあたふたと定位置につき、上位の2人に頭を下げる。


「いえ。エヴィルダース皇太子殿下の耳に入れておきたいお話があったものですから。お気になさらずに」

「なるほど……」


 アウラの言葉を笑顔で頷きながら、心の中で舌打ちをする。慣例では、下位の秘書官から順番に入室しなければならないはずだ。


 そうでなければ、上位の秘書官が下位の秘書官のために待たなければいけなくなるからだ。これは、自分が筆頭秘書であった頃からあったものだ。


 しかし、こいつらは平気でその慣例を破ってくる。


 筆頭秘書官というのは大所帯の秘書官を束ねるべき立場だ。それにも関わらず、このグラッセ、アウラという若僧は、自分たちが昇進あがるのに必死で周囲と未来さきが見えていない。最悪なことに、秘書官たちをまとめあげようという気概もないのだ。


「さて、集まったので始めようか」


 しかし、そんなことは気にもせずに、筆頭秘書官のグラッセが端的に切り出し、議題が次々と執り行われた。


「まずは、皇帝派の切り取り状況の報告を。まず、私から。デハラク家はーー」


 議題は派閥と人事の話がほとんどである。まずは、皇位継承に向けて陣営をドンドン太らせなければいけない。主なところは『皇帝派』の切り取りだ。


 エヴィルダース皇太子の魔力は、皇位継承権第2位のデリクトールと大きく違いはない。デリクールは先日失態を犯し、その立場は逆転した。しかし、それはエヴィルダース皇太子陣営にも言えることだ。


 魔力以外での優劣が次期皇帝を決めるフェーズに来ている。


 なので、皇帝派の派閥をエヴィルダース皇太子の派閥に迎え入れることが、次期皇帝の座を磐石にする。


 それから次々と、引き入れた派閥、就かせた役職についての報告を行なっていく。


「……」


 必然的に重要な報告が先であるので、しばらくブュギョーナの出番はない。上級貴族は主に、第1秘書官のグラッセ、第2秘書官のアウラが受け持つからだ。


 しかし、これ自体、ブュギョーナは不満だった。なんで、自分のような高貴な血筋の者が、下級貴族の斡旋などを行わなければならないのか。


 15分ほど報告が続き、やっとブュギョーナの出番が来た。


「では、次の議題。あの、ヘーゼン=ハイムという将官についてです。ブュギョーナ秘書官、どうでしたかな?」

「あ、はい。でゅふ……話をしてきましたが、あろうことか、エヴィルダース皇太子の罵詈雑言を――」

「ブュギョーナ秘書官」

「……あ、はいなんですか?」


 突然、第2秘書官のアウラが言葉を遮ってきたので、ブュギョーナは作り笑顔を向ける。なんて、失敬なやつだ。


「慎重にお話しくださいませ」

「……どういう意味ですかな?」

「実は、私も別件でドネア家を訪れる用件があり、そこでヘーゼン=ハイムと会っております」


 !?


「……あ、それが、なにか?」

「すでにエヴィルダース皇太子殿下のお耳には入れておりますが、そこで意見が食い違いますと、どちらかが虚偽の発言を行っていることになります」

「でゅふ……」


 あんのクソキチ。


 あろうことか、事前に根回しをしていやがった。


「あ、だから、その……罵詈雑言を……」

「誰のですか?」

「でゅふ……」


 脂汗が止まらない。仮に、アウラが本当のことを言っていれば、ドネア家のエマも当然いることになるだろう。ヘーゼン=ハイムが単独でスケジュールを捻じ込めるはずがないからだ。


 そこでの報告内容が、ヘーゼンにとって都合の良いものであることは疑いがない。


 真実は当然、こちらの手にある。


 しかし、この際、真実などどうだっていい。


 重要なのは、どちらの話がエヴィルダース皇太子にとって、都合のよい真実であるかだ。


 ヘーゼンがエマに頼り、彼女がアウラに頼ったならば、ドネア家の令嬢がエヴィルダース皇太子陣営に借りを作ったことになる。


 皇帝派の筆頭である最重要の切り取り案件が、わざわざ借りを作りに来たとなれば、そちらの事実を真実とされる可能性が限りなく高い。


 とすれば、『エヴィルダース皇太子への罵詈雑言』と言うのが虚偽とされてしまい、ブュギョーナ自身が苦境に陥る可能性が高い。


「でゅふゅ……」

「……もう一度聞きます。誰の罵詈雑言を、ヘーゼン=ハイムは言っていたのですか?」

「……でゅ」

「……」


          ・・・
























「あ、私への罵詈雑言です」


 

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