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バーシア(2)


 ヘーゼンの答えに、バーシアは沈黙した。宝珠とは魔杖製作で核となる物質である。この不可思議な石ころは、自然界のさまざまな特異条件によって出現する。その鉱脈があるとするならば、近隣諸国の奪い合いになり、クミン族などひとたまりもない。


 若き女王は黒髪の青年に鋭い瞳を向け、やがて、口を開く。


「なぜ、そう思った?」

「捕虜のコサクが使用した魔杖を解析しました。魔杖の造りが荒く原始的。魔法使いとしての能力も高くない。しかし、宝珠の質だけは異様に高い」

「……辛辣だな」

「事実です」


 ヘーゼンはその宝珠を7等級と鑑定した。これは帝国であれば少佐クラスが使用するほど高価なものだ。それを、小部族の、しかも中隊長(帝国で言う中尉)クラスが扱っているのは、明らかにおかしい。そう考えれば、宝珠の源泉があると推測するのが自然だ。


「現時点で気づいているのは私だけです。今なら、その事実を隠したまま停戦協定を結ぶことが可能です」

「……仮に宝珠の源泉があるとして。なぜ、貴様はその事実を帝国に明かさない。帝国の利益を考えるなら、報告して私たちを攻めるのでは?」

「答えは簡単です。私が、その宝珠を独り占めしたいからです」

「はぁ!?」


 バーシアはあんぐりと口を開く。そこには、敵意などは感じられず、純粋な驚きという感じだった。


「呆れたやつだな。それに、私たちクミン族がみすみすお前にそれを渡すと思うか?」

「宝珠は、魔杖とならなければ役立たずの石ころです。そして、源泉として置いていては、いずれ帝国や他国に見つかって潰される。クミン族にとっては、宝珠が存在することでマイナスに作用します」


 資源とは常に狙われるものだ。そして、守る力がない者たちにとっては逆に猛毒となりうる。


「……」

「もちろん、タダ同然で売り渡せとは言いません。秘密保持のため、独占ルートは確保しますが、帝国で流通している定価以上の値段で買わせていただきたい」

「……わからないな。いったいお前はなにがしたいのだ? 買い叩くのならともかく、定価以上の値段で買えば、当然赤字になる。そんなことをして何の得がある?」


 バーシアは純粋な疑問を口にする。いい族長だとヘーゼンは思った。彼女のそれに禍根や憎悪はない。ただ、族の未来を必死に模索している様子がうかがえる。


「私はあなたたちにとって、買い手にも、売り手にもなりたいのです」

「……私たちに、何を売ろうと言うのだ?」

「魔杖ですよ。あなたたちは、よい魔杖工が製作するそれが、喉から手が出るほど欲しいはずだ」


 ヘーゼンは、自身の魔杖である牙影をバーシアの元に投げた。バーシアはそれをさまざま角度から眺める。


「……確かに、いい魔杖だ。見れば、わかる。これをお前が?」

「1年前に製作した最初の魔杖です」

「帝国で魔杖工は、専属請負制度のはずだ。なぜ軍人であるお前が製作できる?」


 専属請負制度とは、魔杖工組合の仲介でしか魔杖製作を取扱いできないと言う法律である。これがあることで、宝珠は魔杖工組合に独占して卸される。なので、魔杖工組合に入ることのできない軍人の魔杖工は通常存在しない。


「技を盗みました。あとは、見様見真似と創意工夫。現時点の技術では、名工に引けを取らないと自負しています」


 学院時代に、魔杖工の講義がありそれを受講した。もちろん、核となる工程は契約魔法で魔杖工組合に入ることが条件だが、ヘーゼンはそれを結ばなかった。もちろん、違法である。


 バーシアはそれまでの説明を驚きながら聞いていたが、やがてしばらく沈黙し、口を開く。


「お前が魔杖製作をして、完成品をこちらに売るということか?」


 ヘーゼンはニッコリと頷く。どうやら、こちらの意図を汲んでくれたようだ。


「要するに、源泉のままでなければいいのです。あなたたちはよい魔杖が手に入る。私は、加工賃が手に入る。お互いに損な取引ではないはずだ」

「……やはり、わからないな。お前の言っていることは、私たちにとっては確かな利益となる。しかし、お前にとってはそこまで大きな利益はないように思える」

「いえ。十分ですよ。帝国軍人として、クミン族との停戦協定を結べば、かなりの功績をもらうことができる。今は、なによりも成果が欲しいのです」

「……仮に特級の宝珠がでたら? お前は加工して我々に魔杖を渡すのか?」


 特級の宝珠は、年に一度か二度発掘される超希少な宝珠である。その価値は、小国一つ分とも言われている。要するに、それを狙っていると思われたのだろう。しかし、ヘーゼンは迷わずに頷いた。


「渡しましょう。私自身、今はそこまで質のよい魔杖は必要としていない。身分が少尉なので」

「……今は?」

「深い意味はありませんよ。私に必要なものは魔杖製作の経験だ。特級の宝珠を使った魔杖を使用するより、その魔杖を製作する機会が欲しい。至高の魔杖を製作するために」

「……」


 ヘーゼンにとって、魔杖工としての腕を磨くことは必須事項だ。ただ、それにはどうしても質のよい宝珠が必要となる。宝珠は通常、魔杖工組合に卸されるので、手に入らない。よって、闇市で通常の10倍以上の高値で買わなければ手に入らない。


 自身で高い宝珠を買い、製作するにはあまりにも高価すぎるのだ。


「なるほど。面白い男であることはわかった。物事の判断基準も、価値観も、明らかに帝国軍人としてのものを逸脱している……お前、何者だ?」

「ただの帝国軍人ですよ。頂点に登り詰めるために必要なことをしているだけのね」

「お前のやってることは、帝国に利益をもたらすのか?」

「帝国の利益など、正直こちらにはどうでもいい。あくまで私は帝国を利用しているに過ぎない」


 ヘーゼンは常に帝国を使って、自身の利益を最大限にすることを目的としている。献身的に帝国に尽くす気などは毛頭ない。


「わかった」

「それは、了承いただいたと?」

「いや。私たちは戦士の一族だ。弱き者は信用に値しない」

「なるほど。それで?」

「決闘だ。お前が真なる勇者が無謀な愚者かをそこで決める」

「わかりました。では、女王を除いて、この中で一番強いのは?」

「……帝国の少尉格風情が、我々のナンバー2と闘うと?」

「これでも、遠慮した方なんですよ。さすがに、10等級の宝珠では、あなたと対峙するには不安だったのでね」


 ヘーゼンは不敵に笑った。


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