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悪夢


 十分後。エマは自らのベッドで目を覚ました。完全に悪い夢を見ていた。現実では起こりようがない事態で、鳥肌どころじゃないほどの強めの悪夢だった。


「……」


 しかし、妙にリアルだった。


 ヘーゼンが、あの、エヴィルダース皇太子の第3秘書官ブュギョーナを魂レベルで罵倒。末代まで怒りを買うレベルで去って行った光景が、脳裏に焼き付いて離れない。


「……」


 妙にリアルで、ヘーゼンであれば、なんとなくやりかねない悪夢。


 そんな中、ヤンが部屋の中に入ってきた。


「大丈夫ですか?」

「……ヤンちゃん」


 嫌な予感がした。なぜ、この子がここに。先ほどの悪夢だと、確かにこの屋敷にいた。そして、慣れたような呆れ顔で『またやってら』とばかりにヘーゼンのことを見ていた。


 しかし、そんな訳ない。


 あんな異常な行動に対し、あんな冷静なわけ。


 そんな想いとは裏腹に、ヤンはちょこちょことエマのベッドに駆け寄って、理解者を求めるような人懐っこい笑顔を浮かべる。


「もー。すーってば、あんなに言うことないのに。敵と見なしたら、なんであんなに容赦ないんでしょ」

「……っ」


 夢じゃなかった。


 悪夢ではない、地獄のような出来事。


 そして。


 そんなことは気にも留めない様子で、ヘーゼンがズカズカと部屋に入ってくる。


「気がついたか。大丈夫かい?」

「だ、大丈夫な訳ないでしょ!? あなたって人は……」


 エマはワナワナと震えながら答える。エヴィルダース皇太子の派閥に喧嘩を売るなど自殺行為に等しい。今回ばかりは、ドネア家の権力ちからであっても、守り切れるかわからない。


 しかし、ヘーゼンは余裕の表情で首を横に振る。


「落ち着け。エヴィルダース皇太子の派閥は人事権は掌握しているが、法務権は掌握していない。そうだろう?」

「……そうだけど」


 法務権は敵対派閥のベルクトール皇子が掌握しているので、明確な証拠がない密談に対し罪になど問えない。そうなってくると、降格処分などは、まずないと言える。


「将官としての評価は、あくまで職場のドクトリン領にあるからな。エヴィルダース陣営にできることは、かなり限定されていると思う」

「……」


 要するに、大尉級の官職と同等であり、決して陽の当たらない不遇なポジションにつかせるとか、その類の嫌がらせに落ち着くだろうと言うのが、ヘーゼンの見解だ。確かに、それはそうかもしれない。


 でも。


「それなら、なおさら怒らせるなんて愚策よ」


 将官にとって、人事が最重要であることは言うまでもない。だからこそ、人事を抑えているエヴィルダース皇太子の派閥が強いのだ。


「なんであんなことを? 適当にはぐらかしておけばいいポジションにつけたかもしれないのに」

「それでは、困るんだ」

「……どういうこと?」


 エマが怪訝な表情を浮かべる。


「中途半端に中央の要職につけられると身動きが取れない。エヴィルダース皇太子や他の有力派閥に与するならそれでいいが、派閥を作らないのなら地方で死の危険に晒されるほどの戦地がいい」

「だ、だから徹底的に怒らせたって言うの?」

「ああ。『ぶち殺す』と言っていたから成功はしてると思うが」


 平然と答えるヘーゼンに、エマは思わず呆れた声をあげる。


「か、可愛そうでしょう、ブュギョーナ秘書官が」

「そうかな? 印象が悪かったのは事実だし、どうせぶっ潰す派閥なんだから、今傷つけたところで大して変わりがないと思うが」

「……あ、悪魔」


 しかも、かなり上位の悪魔に違いないとエマは確信を持つ。そして、ヘーゼンは間髪入れずにエマに近づく。


 嫌な予感がした。


 人懐っこい笑顔を浮かべる時は、だいたい、こんな笑顔を浮かべる。そっぽを向きたいのは山々だが、同時にいつまでも見ていたいように思えるから、ズルい。


「エマ……」

「な、なによ?」


 顔を真っ赤にしながら聞き返す。


「エヴィルダース皇太子の筆頭秘書官、第2秘書官のどちらかに会いたいんだ。なんとかできないか?」


 !?


「な、なんで?」


 理解不能。自分から交渉のチャンネルをぶっ壊しておいて、今度は新たなチャンネルを求めようとするなんて。


「エヴィルダース皇太子のことを悪く言っていたと取られると困る。あくまで、『ブュギョーナ個人が嫌いである』という立場を示しておく必要があるんだ」

「……」

「だから、ブュギョーナより上位の秘書官に接触して、派閥には興味を示しておく。そうすれば、あの老人の個人的な癇癪に映るだろう?」

「……っ」


 性格が悪すぎる。


 あれだけ罵倒しておいて。


 この期に及んで、追撃でブュギョーナをハメようとしている。


「だからエマ。頼む。ドネア家の力で、至急セッティングしてくれ」

「な、なんで私がそんなことを――」

「頼むよ。やらなきゃ、牢獄に入れられるかもしれない」

「……っ」


 こんなにも、自身の人生を盾にしたお願いをエマは知らない。半泣きになりながら、美淑女は、渋々頷く。


「わ、わかったわよ。やりゃいいんでしょ、やりゃ」

「ありがとう。持つべきものは友達だ」

「……っ」


 エマは、友情について小一時間ほど、説教したい想いに駆られた。





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