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嫌悪


 ブュギョーナは耳を疑った。今や、飛ぶ鳥を落とす勢いのエヴィルダース皇太子派閥への勧誘に対して、こんな低級爵位の貴族が断る訳はない。


 当然だ。


 事前に一通りの身辺を洗わせたが、この男は平民出身。大したコネも金もないような将官が、この派閥に入らずに出世する道はない。幻聴か聞き間違えだ。そうに違いない。いや、そうに決まっている。


 ブュギョーナは「でゅほん」と咳払いをして、再び聞き返した。


「あ、申し訳ない。今、なんと?」

「話はそれだけですか? と言いました」

「その前!」

「お断りしますと」

「でひゅ……」


 幻聴ではなかった。


 聞き間違えでもなかった。


「あ、他の派閥からすでに勧誘が?」

「いえ」

「なら、待遇面で不満が?」

「いえ」


 ヘーゼンは2つの質問に対して首を横に振る。それで、なおさら、わからなくなった。パッと浮かんだ考え得る要因はこれだけだったが、この男は違うと言う。


「……あ、まさかとは思うが、エヴィルダース皇太子殿下には不満があると言うことは?」

「まったく」


 その答えに、ブュギョーナは安堵のため息をつく。この男、皇太子に対する不満を持っている訳でもないらしい。皇太子の身辺では嫉妬でよからぬ噂を流す者も多いので、その線かとも思ったが。


 まあ、『ある』と言えば即不敬罪に問われかねないので、言える訳はないのだろうが。


「ではなんで?」

「嫌いなんですよ、あなたが」

「でひゅ……」


 シンプル。


 シンプルに、酷過ぎる理由だった。


 ブュギョーナは不機嫌な表情を浮かべたが、考え直す。与えられたミッションは『この男を派閥に入れて使い倒すこと』。当然、平民出身の貴族など、道具以外のなにものでもない。目先の昇進ニンジンをチラつかせて、引退まで酷使させてやればいい。


 精神を落ち着かせるため、「でゅほん」と咳払いをして、再び聞き返した。


「あ、私が貴殿になにか……失礼をしたか?」

「いえ」

「なら、なんで私のことが嫌いなんだ?」

「それは、さすがに失礼に当たるので」

「あ、遠慮なく話してくれ。直せるところがあれば直す」

「存在ですね」

「でひゅ……」


 なんて酷いことを言うのだろう。面と向かって、しかも、初対面でそんなことを言われるなんて、さすがに酷すぎる。


「失礼を承知で付け加えさせていただくのなら。少しした下世話な下種びた話だけでも、次元の低い人間性が垣間見えました。それに、笑い声がなんとも不気味で話すたびに生理的に悪寒が走る。見るたびに不快感を覚える。人を外見で判断する気はないですが、その醜い内面の醜さが漏れ出ているのだと思ったのが正直なところです」

「でっひゅ……」


 失礼を承知過ぎる。


 そして、正直が過ぎる。


「スカウトされると言うことは、そのスカウト者の斡旋を受けるということ。すなわち、あなたの派閥に入るという意味でもあります。あなたのような方の下で働く姿を何度も思い浮かべてみましたが、とてもではないが我慢ができなかった。ご容赦ください」

「でっひゅ」


 止まらない。


 まるで、親の敵のように並び立てられる罵詈雑言。


「な、なら私の代わりだったら応じると?」

「それは、わかりませんが、少なくとも交渉のテーブルに座る可能性は高い」

「……」

「なので、どうぞエヴィルダース皇太子殿下にお伝えください。『あなた以外の勧誘だったら考えます』と」

「……で、でっひゅ」


 ブュギョーナは胸ぐらを掴んでヘーゼンに向かって凄む。

 

「あ、調子に乗るなよ、若僧! 私を誰だと思ってるんだ!? ゴミ爵位の貴様など、いつでも消せるんだぞ!」

「なら、さっさとおやりになったらいかがです?」

「な、なんだと?」

「今までは、エヴィルダース皇太子殿下の傘で強権を振り回してきたんでしょうが、実際にはそこまでの権限はないはずだ。私は虎の威を狩る豚が嫌いだ」

「でひゅ……ぶ、豚」

「っと。失礼、狐でした。訂正します」

「で、でっひゅ……」


 嘘だ。


 圧倒的な、確信犯的失礼な誤りだ。


「あ、ぶち殺す! 絶対に、なにがなんでも私の権限でぶち殺してやるからなあああああああああああああああああああ!」


 発狂したように叫び。


 ブュギョーナは、猛然と部屋を出ていった。


 バタン。


「……」

「……」

「……」


           ・・・





























「あば、あばばばばばばばばばばっ」

「え、エマさん。し、しっかり!」


 泡を吹いて倒れこむ美淑女をヤンが慌てて介抱した。


 

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