ブギョーナ
モズコール。発するだけで『卑猥』と斬り捨てられる正真正銘の変態。健全店の熟女店員に赤ちゃんプレー(おむつ)を強要したところを、悪魔が把握し、脅した。
それ以来、完全なる従属プレーヤーである。
意外にも使える変態だったので、有効活用可能な選択肢に浮上した。
「いや、やはりダメだな」
ヘーゼンは即座に考え直す。天空宮殿は魔物の巣窟だ。下手に突いて、大蛇が出てきたら敵わない。帝都において、単独で逆らえる力はまだない。
そんな中、軽快なノック音が響く。
「どうぞ」
ヘーゼンが入室を促すと、高齢の男が、入ってきた。老人にしては体格がよく、ポッカリとお腹が出て丸々と太っている。頭が瓢箪形で、奇怪な風貌をである。
「ブュギョーナ秘書官」
エマが驚いた様子で口ずさみ、ヘーゼンは心の中で感謝した。彼女は機転が利くので、あえて聞かせるために口ずさんでくれたのだ。
ヘーゼンは宮中内の動向には詳しくない。重要人物の顔や名前は一度見聞したら忘れないが、その一度が困難な状況にある。
なので、1秒でも早く顔と名前を一致させたい。
ブュギョーナ=ゴスロ。エヴィルダース皇太子の第3私設秘書官である。皇太子の秘書官は総勢30人はいると言われているので、かなり上位だ。
「初めまして。ヘーゼン=ハイムと言います」
まずは、深々と礼をする。ブュギョーナの爵位は第10位の『大師』。私設秘書官としては破格のポジションに押し上げられている。
太った老人は、いやらしい笑みを浮かべながらエマを眺める。
「あ、ドネア家のご令嬢と一緒ということは、すでに皇帝派の打診が?」
「いえ。彼女は私の学友で、わざわざ私を訪ねてきてくださったのです」
「でひゅ、でゅひゅひゅ。あ、同学院の間柄というヤツですか。しかし、私には美男美女のお似合いなカップルに見えますが」
「いえ、あの、その、そんなことは……」
「……あ、これは無粋でしたかな? まあ、あなた様はおモテになりますから引く手数多でしょうな。でひゅ、でゅひゅひゅ」
「……」
アタフタと顔を赤らめるエマを尻目に、ヘーゼンは目の前の太った老人を観察する。
どうやら、宮中の人間関係にかなり詳しいようだ。
不気味な笑い声がなんとも気持ち悪いが、そこまで重宝されているのならば、家柄が相当にいいのか。ともかく、ヘーゼンは偽りの笑顔を浮かべて答える。
「そんなことを言われるのは非常に光栄です。しかし、ご存じだとは思いますが、彼女と私は爵位が天と地ほどかけ離れております」
「でゅひゅ、でゅひゅひゅ……貴殿ほどの実力をお持ちであれば、爵位などは後からついてくるでしょう。まあ、それに見合った天運の持ち主でなければ適わぬこととも思いますが」
「……そうですね」
ブュギョーナの言いたいことはわかった。要するに『天運の持ち主』とは、エヴィルダース皇太子と言うことなのだろう。
「あ、ヘーゼン殿。ちょっとだけ小耳を拝借しても?」
「はい」
「でゅひゅ……もちろん、エマ様以外をつまみたい場合、いかなる女もこちらで準備させて頂きますよ。でゅひゅ、でゅひゅひゅひゅ……」
「……なるほど」
ヘーゼンは表情を、変えずに話を続ける。
「そして? 本日はどのような用件でお越し頂いたのでしょうか?」
「あ、いやね。貴殿の類い稀な功績を、他ならぬエヴィルダース皇太子殿下が興味を示しているのですよ」
「それは、光栄です」
「あ、それで……今回の辞令で、場合によっては少佐待遇にまで引き上げようという噂があります……でゅひゅ、でゅひゅひゅ」
「ますます光栄ですね」
「あ、どうです? 悪い話ではないでしょう?」
「ええ」
「でゅひゅ、でゅひゅひゅ……あ、では我々の派閥に?」
「お断りします」
「でゅひゅ、でゅひゅひゅ……」
「……」
「……」
・・・
「あ、えっ?」
「話はそれだけですか?」




