笑み
数十分後、庭園を一望できる天文台に到着した。ヘーゼンたちが遠くを眺めると、金髪の幼児が剣術に勤しんでいた。
「か、可愛いっ……」
そう言いかけて、慌ててエマは口を塞ぐ。どうやら、こよなく幼児を溺愛する彼女のお眼鏡にかなうほどの愛らしさなのだろう。
見た目がよいのは重要だ。それだけで魅力的に見え、人を惹きつける。まだ、成長段階にあるのでなんとも言えないが、外見においては、まず問題なく育つのではないかと推察した。
そして、ヘーゼンは真剣に剣術の様子を眺める。すでに時間は1時間ほど経過していたが、一心不乱に剣を相手に打ち込んでいる。
そして。
「素晴らしい」
手放しで口にした。剣の才もさることながら、真摯な様がいい。子どもだからかも知れないが、素直に師の言うことを聞き、自分なりに考えて実践している。
どこかの誰かさん(ヤン)とは大違いだ。
タイプとしては、誰からも慕われる王道の類だろうか。叩いて伸ばす方がヘーゼンの性には合っているが、距離感としてそう言う指導はできないだろう。仮に皇帝と臣下と言う間柄を想定すれば、まさに理想的とも言える。
ちょうど懐に入るのが得意なヤンもいるし、上手く繋げて子でも産ませれば……
「……」
「っと」
ここまで思考したところで、ヘーゼンは一旦思考を打ち切った。仮にグレースが読んでいるならば、これ以上の深考は危険だ。
「素晴らしい素養だと思います」
そう言うと、グレースは嬉しそうな表情でほころぶ。
「あの方は大変聡明でもいらっしゃいます。帝国皇帝史上でも1,2を争うほどではないでしょうか」
「なるほど」
要するに、グレースは星読みとしてイルナス皇子を推しているのだ。だから、わざわざヘーゼンに見させたと言うことか。
「しかし、発育不良と聞きましたが」
「ええ。イルナス皇子の歳は、今、13歳です」
「……」
その答えを聞きながら、あらためて童子を眺める。ちょうどヤンと同じく6歳前後の歳に見える。
「なるほど。とすれば、不能者ですか?」
「よくわかりましたね。その通りです」
「……」
とすれば、ヤンと同じである可能性が高い。魔力が強すぎるあまりに成長を阻害する現象。前世ではなかったが、こちらの大陸では往々にして起こるのかもしれない。
しかし、皇族として不能者が産まれるのは、かなりの悲劇だろうと思った。魔力の高い皇帝から産まれる子は魔力の高い子が産まれるものだ。当然、それが期待されるし、そうあるべきだと見なされる。
不能者として産まれたとなれば、まず、宮殿内では嘲笑の嵐だろうと推察する。
しかし、剣術に励んでいる童子には歪んだ様子はまったくない。演技の可能性も大いにあるが、どちらにしろ感嘆すべきものだ。
「確かに、イルナス皇子には、大器の片鱗を垣間見ました。しかし、悲劇ながら、不能者であらせられる」
「……本当にそうお思いですか?」
グレースがジッとこちらの様子を見つめる。その深い青色は、どんな物でも見通されそうだ。しかし、ヘーゼンは真っ向から彼女を見返した。
「私が思っていようとそうでなかろうと、すべての者がそう思えばそれが事実となる。そうでしょう?」
「……」
グレースが黙った。このままいけば、いずれイルナス皇子は追放される。その一助となることを期待したのかもしれないが、
しかし、むしろ、ヘーゼンにとっては好都合だ。
だから、今、手を差し伸べる気はない。
そんな中、一人の大柄の男がイルナス皇子の元へと近づいていく。そして、木刀を取り、剣術の稽古が始まった。
「エヴィルダース皇太子です」
「……」
いや。
それは、剣術稽古というより、一方的な虐待であった。体格差から圧倒して、殴りつけるように剣を振るう。
すでに剣を手放し倒れ込んでいるイルナスを何度も何度も痛めつける。
しかし、剣術指南役も、側近も、誰も止めようとはしない。
「……どう映りますか?」
「あれが、皇位継承者第1位のエヴィルダース皇太子ですか」
ヘーゼンがつぶやく。
「あの方もまた、優秀な皇位継承候補です。魔力に優れ、少々気性が荒いところはありますが」
「少々?」
「……イルナス皇子殿下には、ことさら強く当たっていますね」
「……」
確かに剣術の腕は申し分ない。
「ここからは私の独り言として聞いていただきたい」
「はい」
「エヴィルダース皇太子に臣下の忠誠を抱く気にはなれませんな」
「……はっきりと言いますね」
「あなたたたち星読みが独自の基準で皇帝を選定するように、私にもあるのですよ。あの方には有能な皇帝足る資質がない。そして、無能である皇帝足る資質もない」
「……」
「言わせていただければ、ごくごく凡庸な皇帝になるということです。特段、有能でも無能でもない。それは、私にとって非常に退屈だ」
「……」
グレースはなにも言わないまま、黙っている。
「付け加えさせていただくなら。少々、品性がないところがあらせられる」
!?
「あっ……ちょ……ヘーゼン……」
隣のエマが愕然とした様子だが、ヘーゼンは一向に気にせず話を続ける。
「幼い幼児に対し、圧倒的な体格で圧倒して優越感に浸ろうなどど、なんとも浅ましい。あの方は己の行動を鑑みて行動すべきですな。客観的に自己分析をすれば、自分がどれだけ恥知らずか思い知るでしょう」
「あ……あばばばばばっ……嘘です! グレース様、嘘です。この人の言うこと、絶対に嘘でーす!」
右往左往、クルクルクルクルとしながら、エマが混乱する。
「嘘じゃない」
「う、う、嘘じゃなきゃ不敬罪になっちゃうでしょ!?」
「帝国将官としての忠言だ」
「……っ」
思わず気絶しそうになるエマを支えながら、ヘーゼンはグレースに向かって厳しい視線を投げかける。
「誰もが客観的に思っている事でしょう? 皇族だからと言って、あのような行動が当たり前だと思っているのなら誰か注意した方がいいですよ」
「……星読みは、それぞれ皇位継承候補者の家庭教師についておりますが、学術以外の事柄に関して言及することを禁じられてます」
「なるほど」
星読みが影響力を持つことを防ぐためかと推察する。彼女たちの力が本物ならば、この帝国が発展を遂げたことも不思議ではない。
ヘーゼンはフッと息を吐いて答えた。
「まあ、だいたいわかりましたよ。あなたが、敢えてこの光景を見せた意味もね」
「……なんのことでしょうか?」
グレースは少し首を傾げて笑みを浮かべた。




