星読み
数時間後、ヘーゼンはエマとともに天空宮殿内を闊歩する。さすがに子どものヤンがいると、癖の強い上級貴族や、性格の腐った皇族から因縁をつけられる危険があるため部屋へと残した。
「まず、見たいのはイルナス皇子だが」
「む、無茶言わないでよ。それこそ、エヴィルダース皇太子に恨まれちゃう」
「ん? どうしてだ?」
「母親のヴァナルナース様は、陛下の寵愛を受けているから、正室の子であるエヴィルダース皇太子に疎まれてるのよ。結構な嫌がらせを受けてるらしいよ。可愛そうに、子どもなのに」
「……ますます相手にしたくないな」
「しっ! 声が大きい」
「他に聞こえるようなヘマは犯さないさ」
とはいえ、やはりエヴィルダース皇太子とは、よい関係を築けそうにない。
「……案外馬が合うと思うけど。性格が陰険同士」
エマが友人特有の遠慮のない言葉をぶつけてくる。
「違うな。僕は陰険ではない……かつての弟子がそうだったが。とにかく、暗くてな。ことあるごとに謀略でハメようとしてきたので、暴力で制してはきたが」
「……っ」
陰険であるより、嫌なものを垣間見てしまったとエマは後悔した。
「遠くからでも見えないかな?」
「……こだわるね。なんで?」
「権力のない者には、人材が集まらない。よって、派閥のトップが容易に取れる」
この場合、本人の資質はあまり考慮しない。もちろん、有能であればそれに越したことはないが、無能でも問題はない。摂政政治でも導入して、操り人形にでもすれば政権運営には支障はないだろう。
「……摂政政治は歪みを生むわよ?」
エマが思わず顔をしかめる。
「そうか? 完璧ではないが、悪くはない制度だと思うけどね」
「ほ、本気で言っているの?」
「ああ。逆に、皇帝陛下を絶対視する風潮の方が危険だと思う」
ヘーゼンはキッパリと答える。代々、有能な皇帝が生まれるのならばいい。しかし、どれだけいい血筋であっても、所詮は数十の分母の中でしか選べない。
その中で血筋、家柄等、実力以外の事柄を考慮に入れて皇帝が選ばれるならば、愚帝の可能性だって十分に考えられる。
それよりは、貴族派閥のトップになれる影響力を持つ者が舵を握る方が、政治自体は安定する可能性が高いし、遥かに健全だ。
ツラツラとそんなことを説明すると、エマが瞳を輝かせて言葉を続ける。
「私はね、議会制民主主義なんていいと思うの。実は、帝国の同盟国の小国だけど、その仕組みを採用している国家が……」
「論外だ」
「……っ」
ヘーゼンは一刀両断でエマの言葉をねじ伏せた。
「不完全な民主化は腐敗の温床を産む。議会制なんてものは特に最悪で、誰もが責任を取らない無能な政治家が蔓延するさ」
「そ、そんなことないわよ」
「見た目だけ平等のように見えるかもしれないが、結局は多数派が政権を維持するようにルールを弄るさ。民衆も偽りの平等に騙されて骨抜きになる」
「……」
「特に戦乱においては、ある程度の独裁でないと勝ち残れない。富国強兵を押し進めなければいけないと言う点において、摂政政治は機能するだろう」
ただ、権力というのは腐敗する。やがて、いつまでも政権にしがみつこうとするようになるので万能とも言い難い側面もある。
「とにかく、愚帝だろうが、なんだろうが無理矢理ねじ込む」
「む、無茶苦茶言わないでよ。まあ、こればかりはもがいたって無理だけど」
「無理? なんでだい?」
「皇帝を選抜するのは、代々星読みたちの役目だもの」
「……ああ。それは聞いている」
星読みは、女官により構成された専用祈職である。彼女たちは貴族同様に魔力を持つが、婚姻は許されず、生涯宮中に仕え、帝国の未来を占うことを生業としている。
次期皇帝も、彼女たちが選抜する。
「その点で言うと、まず愚帝が選抜されることはあり得ないわよ。魔力、家柄、能力、さまざまな星読みの厳しい選抜事項によって、選抜されるから」
「いや。星読みであろうと人間だ。賄賂だろうと、脅迫だろうと、ありとあらゆる手で捩じ込んでみせる」
「怖っ!」
そんな風に話していると、廊下の前から緑のローブを纏った集団がこちらへと近づいてきた。
「……星読みよ」
エマがボソッとつぶやいた。




