再会
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天空宮殿。帝都の中心にあり、贅の限りが尽くされた巨大な建造物である。その場所は、すべての皇族、上級貴族の邸宅があり、かつ、政を行うための権力が集約された魔窟であった。
そんな宮殿内の一室で、ヘーゼンとヤンは待機していた。目的は将官として次の辞令を受け取るためだが、さまざまな儀式と手続きがあるため、数日ほど滞在を余儀なくされる。
しかし、まあ、ヘーゼンのすることは変わらず、常に手を動かし書類を書いているし、ヤンは手だけでなく口も絶えず動いていた。
そんな中。
「久しぶりー。会いたかった」
「ギシシ……久しぶり」
部屋の外で、エマ=ドネアの華やいだ声とカク・ズの嬉しそうな声が聞こえる。この2人とは、かつて同じ学院で過ごした間柄だ。講義、昼食、その他のイベントもずっと共に過ごしていた、いわば学友である。
ヘーゼンもまた、その声に気づくと、珍しく手を止めて、部屋の外へと飛び出して行く。
「エマ! 待ってたよ」
「えっ! そ、そそそそうなの!?」
予期せぬ発言で、ブラウンショートヘアの美女は、その白い頬を真っ赤に染める。
「あの、そ、そんなに私との再会をーー」
「早速、現場の派閥情報が聞きたい。入ってくれ」
「くっ……」
真っ赤な頬が、すぐに怒りの紅へと変わった。その前に、『デリカシーとはなんぞや』という事を小一時間説教したいと、エマは思った。
「多分、師は能力に感情を吸い取られちゃった可愛そうな生き物なんですね」
「っと、この生意気で口の減らない生き物はヤンという。僕の私設秘書官だ」
「あら。あらあらあら」
紹介した瞬間、エマの瞳が輝き、ヤンの小さな頭をサワサワとなで始める。黒髪少女はそんな大人の応対に慣れているので、存分に可愛られながらお辞儀をする。
「よろしくお願いします!」
「は、はふうぅ……」
どうやら、幼女は相当な癒やしのようで、ヤンのほっぺをプニプニしたり、抱っこしたり、枚挙にいとまがない。
そんなやり取りを見ながら、ヘーゼンは小さくため息をつく。
「ここでの生活は相当ストレスのようだな」
「そりゃそうよ。新人だし、毎日激務で右往左往してる」
「それでも君は上級貴族だろう? 割と、気を遣われる部類だと思うが」
ドネア家は、爵位5位『仁赤』の大貴族家である。末子ではあるが、当主のヴォルトから溺愛されているので、周囲の貴族もぞんざいな扱いはしないだろうと推察する。
しかし、エマは軽く首を振った。
「上官が爵位に頓着のない人で、とにかく厳しい方なのよ。まあ、学生の頃の方が100倍厳しかったから、全然平気っちゃ平気なんだけど」
エマがジト目でヘーゼンを睨む。どうも、未だあの時の訓練を思い出すと、身震いを覚えるらしい。
しかし、そんな身に覚えのない話など完全にスルーして、ヘーゼンは話を続ける。
「天空宮殿にも、そんな気骨のある方がいるのか。ぜひ、紹介してもらいたいな」
「……それには、私の覚悟がいるわね」
「なんで?」
「……っ」
「その理由がわからないところだと思いますよ、師」
抱き抱えられたヤンが、すかさず横やりを入れてくる。
「驚いた。ヤンちゃんはヘーゼンにハッキリとものが言えるのね」
エマがナデナデしながら大きく目を見開く。
「言えますけど、全然言うことを聞いてくれないんです、この人」
「それは、君の発言がいちいち青臭くて聞いてられないからだ」
「しょ、少女捕まえて青臭いってなんですか失礼な!」
「青臭すぎると言っても過言ではない」
「過言すぎる!?」
ヤンがガビーンとした表情を浮かべる。そして、そんなやり取りを見ていたエマが、少女以上に驚いた表情を浮かべる。
「ますます驚いた。ヘーゼンと対等に論戦してる」
「ギシシ…-ヤンは普通の子じゃないからね」
隣で立っていたカク・ズが笑いながら口を挟む。
「……話が逸れたな。早速、本題に入ろう」
ヘーゼンはそんな2人の視線を苦々しげに躱しながら、部屋の中へと案内した。




