鞭
30分後。ヘーゼンは自室で、服を着た正座のゲスリッチを睨みつけた。
「モズコールからの報告を聞いた後でも信じられません。これは、いったい、どういう状況ですかな?」
「……っ」
怖い。ただ、単純にそう思った。
「いや、その……男女のことですから、あの、非常に奇天烈な状況ですが……はい」
「……」
なんの『はい』なのか、全くわからない『はい』をゲスリッチはなんとも言えない表情で答えた。
しかし、当然そんな回答で納得するはずもなく、
「……男女のこととは言っても、無理矢理は犯罪ですよ?」
ヘーゼンの追及は続く。
「いや、その、無理矢理に強引にということで言えば、そこまで強引でもなかったような気もしなくも……はい」
「とは言っても鞭は流石に……」
「はぅうう……あ、あ、あ、愛の鞭です!」
「……」
あまりにも苦しい言い訳に。ヘーゼンもモズコールも呆れた顔を見合わせる。
「その……愛と呼ぶからには、合意であったと? そうなのか、義母さん」
「……はい」
こちらも衣服を着たヘレナが下を向きながら頷く。すると、ヘーゼンはゲスリッチに向ける視線よりも厳しい視線を向ける。
「呆れたな。義父さんが死んだ後、あなたは、すぐに他の男を誘ったというのか?」
「ごめんなさい」
「……恥ずかしいよ、義母さん。あなたは、なんてはしたない人間なんだ」
「……っ」
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
「ヘーゼン君! 違うんだ! 私が強引にアプローチしたんだ! 決して……その無理矢理ということでもなかったように思うが……はい」
なんとも表現が難しい。そこまで、強引にくちびるを奪ったかと言えば、そうではない。互いに見つめ合い、双方合意とまではいかないが、流れでこうなってしまったのだと。
鞭と縄とキャンドルは、もう言い訳のしようもないが。
「……義母さんは自分が誘ったと言ってますが?」
「その……ヘレナさんは私を庇っているのだ。実際には私が……本当に申し訳ない」
「……はぁ」
ヘーゼンは大きくため息をつく。瞬間、『仕方ないな』という雰囲気が蔓延した。ゲスリッチはここで、畳みかけて謝罪を行う。
「破廉恥な行為をしてしまったと、我ながら反省もしている。しかし、私はヘレナさんに一目惚れしてしまったことも事実だ」
「……好意があったと?」
「もちろんだ! でなければ、親友であるマスレーヌの忘れ形見にこのような不義理を犯す訳はない」
そこは、強く主張した。彼女は素晴らしい女性だ。
「義母さん……義母さんは?」
「……主人に先立たれてしまって、寂しいという気持ちがあったのかもしれません。それで、親友であるゲスリッチ様の中に……亡き主人の懐かしさを見て」
「……っ」
なんて、素晴らしい女性なのだろう。ゲスリッチはなんとしてでも彼女を守らなければと思った。
「もちろん責任は取る。私にできることはどんな援助でも惜しまないつもりだ」
ヘーゼンはしばらく沈黙していたが、やがて、小さくため息をついた。
「……この先、義母さんの心配もしてました。女で独り身の貴族が、有能であったマスレーヌ様の領地を、果たして守っていけるのかと」
「わ、私が全力で力を貸そう」
「それは、どう言う意味でですか?」
「ど、どう言う意味か?」
そう問われて。あらためて、自問自答する。自分がやってやれる精一杯のこと。損害賠償? いや、違う。もっと、精神的に。
ヘレナの不安そうな表情を見て、決意が固まった。
「私が……この方を妻に娶る」
*
数時間後、ゲスリッチが馬車に乗り込む様子を、ヘーゼンは窓から見下ろしていた。そんな中、モズコールが軽快なノックをして部屋に入ってくる。
「お疲れ様。まさか、ここまで上手く行くとは驚いたよ」
ヘーゼンは感心した様子で褒め称える。葬儀会場及び城に、精神的に高揚させるような魔法陣を施してはいた。しかし、最終的には本人の意志によるものなので、正直どうかなとは思っていた。
「背徳感のあるプレーを好む者は多いです。やってはダメだと思えば思うほど、その想いも強くなる」
「……っ」
思わずヘーゼンは後ずさる。
「べ、勉強になった。しかし、鞭とかは……その、やり過ぎじゃないかな?」
あまりに強い肉体的な痛みは、精神に著しい負担をもたらす。彼女の感情などは1ミリも心配していないが、壊れてしまって使い物にならないのも、考えものだ。
しかし、モズコールは不思議そうな顔で首を振る。
「特に問題ないとは思います。実際、現場を確認しましたが、あくまで、合意的な性戯だったというイメージです」
「……しかし、鞭で打たれたり、縛られたり、キャンドルで責められるのは、さすがに変た……モズコールくらいの熟練者でないと負担では? ましてや、非力な女性だから非合意で無理矢理の線も捨てきれーー」
「逆でしたから、問題ないです」
「えっ?」
未亡人NTR編 END




