言い訳
「はわっ……はわわわわっ!」
ゲスリッチはすぐさま上体を起こして、衣服を着ようとした。しかし、指が上手く動かずに、それすら難儀してしまう。
「ぐぐぐっ……」
パンツが。
焦って、パンツが履けない。
しかし、そんな事情などお構いなし。執事のモズコールは軽やかな足音で近づいてくる。
そして。
彼は立ち止まって、しみじみとした声を出す。
「やはり、ここにいらっしゃったんですね? マスレーヌ様との思い出のこの場所で」
「……っ」
「しかし、ヘレナ様。酷な話かもしれないが、乗り越えなければなりません」
なんとも、キリッとした勇ましい声。一方で、パンツになかなか、モノをしまえない男。なんというコントラスト。一気に、興奮が冷めて正気に戻りまくった。
「もちろん、私が全力であなたをお支えします。なにが起きようが、絶対に」
そう決意表明をしたモズコールは、扉を開けようと、ドアノブを回す。
「失礼しま……」
「……」
「……」
・・・
「うわーーーーーーーーーーー!」
「わああああああああっ!」
モズコールは、とんでもない大声を出した。負けじと、ゲスリッチも大声を出した。
「……な、なんて事を」
「ご、誤解だ! お、お、落ち着いてくれ!」
「誤解? この期に及んで……と、とりあえずパンツを履いて……と、とにかくそのモノをしまってください!」
「くっ……」
しまえない。
慌てて、パンツに、しまえない、
結果として数分ほどパンツと格闘した後、やっと履き終わったゲスリッチ。その間、モズコールは震える手で裸体のヘレナにシーツをかけていた。
「ゲスリッチ様……我が主人であるマスレーヌ様は……『彼は本物の親友だ』といつも言っておりました。本当に誠実なお人柄で、人を裏切ることなどないと。それなのに……」
「……っ」
グゥの音も出ないほどの正論。しかし、このままでは、彼女の息子であるヘーゼンに報告され、大ごとにまで発展してしまう。
なんとか、誤魔化さなければいけない。
「ご、誤解なんだこれは」
「じゃあ! なんで、縄で縛られてるんですか!?」
モズコールはヘレナをシーツ越しで抱きしめながら糾弾する。
「……っ」
それを言われると辛い。
「その……なんと言うか」
「なんで、身体に無数の打擲痕があるんですか!?」
「……っ」
なおのこと、辛い。
「その、いや、その……なんと言うか」
「そして……なんで、身体中、固まったキャンドルに塗れてるんですか!?」
「……っ」
言い訳不可避。
モズコールは軽蔑の眼差しで睨み、いっそうヘレナを安心させようと抱きしめる。
「その……ここにあったから! そう、ここにあったからだ! ここにあったんだ! だから……つい、使用してしまったと言うか」
「そりゃありますよ! マスレーヌ様は、アロマのためにキャンドルをよく使用されてましたし、鞭と縄は飼っている犬の調教用でしたから」
「……っ」
そうだったのか。いや、まあその使い方が適当だとは思うが、なんとも紛らわしい。
「それをまさか……こともあろうに……なんと外道な男なんですかあなたは!?」
「た、頼む! このことは誰にも黙っていてくれ! 金ならいくらでも払う」
パンツ一丁で。
ゲスリッチは全力の土下座をする。放心状態のヘレナの前でも、お構いなしに。こんなことを暴露されたら社交界で、いいお笑い種だ。貴族はとにかくメンツが命。
まさしく、生涯の汚点となる。
「奥様……早く、この猛犬のような方から離れて、ヘーゼン様の元へと」
モズコールは、シーツに包んだヘレナを抱えてその場を去ろうとする。
「まっ……待て! 待ってくれー!」
その叫び声は、城中に、響き渡った。




