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ロレンツォ大尉(2)


 もはや、生き絶えそうなほど真っ青になっているモスピッツァ中尉に、ヘーゼンは怪訝な表情を浮かべる。


「中尉、大丈夫ですか? やはり、体調が悪いのではないですか?」

「ははっ、ヘーゼン少尉。君は意地悪だな」

「意地悪……ですか?」


 どうしよう。まったく、心当たりがない。


「白々しい芝居はいい。君は、モスピッツァ中尉の嘘を暴き、大尉である私にそれを知らしめたじゃないか。彼が狼狽するのも無理はない」

「そんなことでですか?」


 ヘーゼンは驚いた様子で、ロレンツォ大尉を見た。


「そんなこと……か。しかし、上官に嘘をつくことは軍規違反と取られかねない」

「それはそうですが、モスピッツァ中尉のついた嘘は、ついたところで意味のない嘘です」

「……どう言うことだ?」


 ロレンツォ大尉は怪訝な表情を浮かべる。


「この発言を言ったかそうでないか。正直に言って、私はどうでもいい会話だと思ってました。つまり、価値のない会話です」

「……」

「価値のない会話の中でついた嘘など、所詮は価値のないものです。だから、たとえ嘘だったとしても、嘘じゃなかったとしても、どちらでもよくないですか?」

「しかし、軍規には違反している」

「我々は将官ではないですか」


 そう答えると、ロレンツォ大尉は驚いた表情を浮かべる。


「それが? まさか、将官であるから遵守しなくていいと?」

「違います。私たちは軍規を遵守する立場であり、執行する立場であり、制定する立場でもあります。そもそも、軍規の本質とは効率的に業務を遂行するための規律ではないですか」

「……」

「軍規は万能ではないと思います。大なり小なり、ほとんどの者がそれを侵している。とすれば、その本質を我々が理解して、制定し、執行しなければいけない」

「……それで?」

「我々にとって、軍規とは盲目に従うものではない。むしろ、その本質に沿って軍規を活用すべき立場だと思います。とすれば、先ほどの問答などは取るに足らない些事です。もちろん、軍規の揚げ足を取って、くだらない問答をする輩には容赦しませんが」


 そう言って、チラリとモスピッツァ中尉を見るが、本人はそれどころじゃないようだ。


「……なるほど。やはり、君は変わった男だ」


 ロレンツォ大尉がマジマジとヘーゼンを見つめる。


「もちろん、大尉が気にされていれば、私には止める権限はありません。しかし、それよりも私は早く本題に移りたいのです」

「ははっ。ここで、私が気にしているとは言えないな。モスピッツァ中尉。ヘーゼン少尉の感性に救われたな。次から、気をつけたまえ」

「……ぁい」


 モスピッツァ中尉は、泣きそうな表情を浮かべながらうつむく。


「それで、話とは?」

「クミン族の捕虜ですが、彼を使って停戦協定を結べないでしょうか?」

「……ほぉ」

「ヘーゼン少尉! 貴様ぁ、まさか軍部が決める大戦略にまで口を出す気か?」


 瞬時にモスピッツァ中尉が復活し、怒鳴る。これにはヘーゼンもある意味感心してしまった。なんと懲りない男なのだろうが。へこたれないと言った方がいいだろうか。


「はい。上申しているのです」

「ふ、ふざけるな! 就任して10日足らずの少尉風情が大佐権限の大戦略にまで口を挟もうとは……大問題だぞ!?」

「……モスピッツァ中尉。少し、黙っていてくれ」

「は、はい」

「ヘーゼン少尉。その話は、すごく面白いな。詳しく聞かせてくれ」


 どうやら、大尉の興味を引き出すことに成功したようだ。ヘーゼンは、北方ガルナ地区全体の地図を広げて線を引く。


「これは?」

「クミン族の出現位置から推測した、彼らの活動地域です」

「……なぜ、割り出せる?」

「部下に出現位置をまとめさせ、統計を取りましました。他の隊にも聞き込みを行わせて、過去の日誌もあるだけ確認してます」

「それは、すごいな」

「はい。エダルという者で、二等兵ですが非常に頭がいいです」


 ヘーゼン自身、ここまでやってくれているとは想像がつかなかった。エダル二等兵は、こちらの意図を読み取り、想定よりも遥かにいい仕事をしてくれた。


「君がやったんじゃないのか?」

「はい」

「……なるほど。それで?」

「彼らの生存地域は主に山岳です。私たち平野で生活する者にとっては、活用機会が少ない。にも関わらず、領土拡大政策によって争わざるを得ない」


 領土拡大政策は、帝国伝統の根幹政策だ。領土を年々少しでも拡大していけば、いつかは大陸統一が成るだろうと言う、皇帝勅命の大方針である。


「しかし、領土拡大政策は帝国軍人である以上は避けては通れない。どれほど無謀だろうと、領土は取らねばならない」

「だから停戦して、集中的に狙うのです……ディオルド公国の領地を」

「……本格的に事を構えると言うことか?」

「はい。今まではクミン族の襲撃にも備えなくてはいけなかったので、積極的な攻勢に出られなかった。停戦協定を結べば、ディオルド公国は実質的に我々帝国軍とクミン族の2つを相手にすることになる」

「……しかし、そんなに上手くいくかな?」

「わかりませんが、やってみる価値はあると思います。今回第8小隊が捕らえたのは、クミン族の魔法使いです」


 あちらにとっても貴重な人的資本の喪失は避けたいはずだ。意思疎通さえ取れれば、交渉のテーブルに乗ってくる可能性はある。


「それで、誰が交渉役をやると言うのだ? そもそもクミン族と会話できる者などは聞いたことがない」

「私が行きます。また、通訳としては……6歳の少女を使います」


 そう答えた時、ロレンツォ大尉の目がまん丸になった。

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