確認
ダゴルは思わず絶句する。無礼を超えた無礼。内政部の末端中の末端が、その長に向かってあり得ない暴挙に出ている。こんなことは前代未聞だ。
「ギモイナ! おい、ギモイナ! なにをしている! この男をなんとかしろ! すぐに、バライロを呼んでこい! おい、聞いてるのか!?」
「ひっ……」
呼ばれた男は、部屋の隅で震えながら、耳を押さえてうずくまっていた。ヘーゼンは、そんな背中に近づいて、優しく手を添える。
「ほら、ギモイナ内政官。長官直々の命令ですよ?」
「ひっ……」
「早く、呼んできてくれますか?」
「は、はひっ」
ギモイナは腰が抜けて立てないのか、四つん這いになりながら扉を開けて外へ出て行く。その光景に、ダゴルは違和感を抱く。そもそも、なぜあんなに怯えている。先ほどは、自分に恐縮しているかと思ったが、それをヘーゼンにまで見せるなんて。
いや、そんなことよりも、今はこの無礼者に対してだ。
「き、貴様……こんな事をしてタダで済むと思ってるのか?」
「わからないですね? 教えてもらえますか? 私、中央に宮仕えしたことがありませんから、その辺の知識が乏しくて」
「……っ」
ニッコリと笑顔を浮かべるヘーゼンに、ダゴルは思わず唖然とする。
宮仕え云々より、社会人として……いや、人としてだろう。
「く、クビに決まっているだろう!」
「そう思いますか?」
「当たり前だ」
「……」
その答えに、ヘーゼンは少し沈黙し首を傾ける。
「なるほど。そうかもしれませんね……でも、私なら、こうも思いますけどね。『長官ともあろう者が、最下級の下級内政官すら、従えられないなんて、どれだけ無能なのか』って」
「……っ」
「そもそも、中央に報告するためには、まずビガーヌル領主代行を通さなければいけない。なんて、報告するのです?」
「う、うるさい! そんなの貴様の気にすることではない!」
そう言いながらも、ダゴルは手の震えが止まらなかった。将官というのは、上に侮られたら終わりだ。使えない下の代わりなど、いくらでもいる。使えないと判断すれば、代わりのクレリックに指示させればいいだけだ。
「へ、へ、ヘーゼン=ハイム君。今なら、まだその暴挙に目をつぶってやれなくもないぞ? ストレスが貯まっていて、キレる事などよくあることだ」
「私は至って冷静ですよ?」
「……っ」
冷静な方が怖い。
「き、君が優秀な内政官であることはよくわかっている。なんというか……君の才能を、こんな一時的な問題で潰すのは、本当に惜しいのだ」
「あなたに、降格させられましたけどね」
「……っ、も、もちろん、そこは本当に申し訳なかったと思う。私も随分止めたのだが、ビガーヌル領主代行がどうしてもと言うので、やむなく……や・む・な・く、苦渋の決断をしたのだ。今は、後悔している……本当だ!」
ダゴルは、ことさら力を入れて語りかける。
「……そうですか」
「もちろん、寄付を行ってくれれば、モルドド上級内政官を降格して、君をそこに据えてもいい」
「……なるほど」
「いや、次長補佐官……ううん、違う! 次長! 一気に次長職にだってしてやれる。4階級特進だ。例をみない出世だが、私ならなんとかしてみせる」
「……クレリック次長」
ヘーゼンがその名を口にした途端、ビクッとダゴルの肩が反応する。
「優秀な方ですよね? あなたが私の献策に、どれだけ否決を出そうと、全て即日に承認印を押し通しました。気概がありますね……口ばっかり、おべっかばっかりの誰かさんと違って」
「……ふ、ふざけるな!」
ダゴルは壁をドンと叩く。
「仮にですが。あなたには『600倍の値段で売る』と言い、クレリック次長には『相場でお譲りする』と言ったら?」
「はっ!?」
「ビガーヌル領主代行はどう思うかな? 興味深いとは思いませんか?」
「……はっ……くっ」
間違いなく、あの男は自分を切り捨てるとダゴルは思った。ビガーヌルという男はそう言う男だ。クレリックになど、容易に乗り換え、ダゴルを1階級……いや、2階級は降格させることだろう。
降格させられた幹部級など価値はない。誰も従うほどの権威も権限も持たず、ひたすら独りぼっちの執務室で時間を潰しながら終えるだけ。
実に30年。年間360日以上、朝から深夜まで身を粉にして働き続けて、やっと、この地位まで登りつめた。
もう、許さない。殺す。バライロが来たら、すぐに拘束させてて、直々に撲殺してやる。
「し、失礼します」
「ギモイナ! 遅い、早く入れ!」
恐る恐る四つん這いで入ってくる、ギモイナ。しかし、こんなヤツはどうでもいい。ダゴルはすぐに視線を移動させる。そして、目当ての大男を見つけた途端、狂喜し、叫ぶ。
「ば、バライロ! 早くこの男を拘束しろ! 痛めつけても構わん!」
「へ、へ、ヘーゼン様……今度はこのクズを殴らせていただけるのですか?」




