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説得(1)


「ああ……ビガーヌルの無能が。ああ……ヘーゼンの疫病神め」


 そうつぶやきながら、ダゴルは落ち着きなく執務室内を歩き回る。元々、彼に出世欲は少ない。むしろ、長官という地位まで来られれば上出来であると考えていた。ビガーヌルは手堅い上官なので、言うことを聞いておけば、評価が下がることはない。


 しかし、ここは微妙な局面だ。


 もちろん、今回の件でダゴル自身に責任はない。ビガーヌルを見捨てようとも考えたが、あの粘着質な性格だ。もし、足を引っ張るような真似をすれば、逆恨みして巻き添えにしようとする可能性が高い。ここは、やるだけやって、こちらに被害が来ないようにしなければいけない。


 ダゴルはすぐさま、部下のクレリック次長、ビドル次長補佐官、モルドド上級内政官を呼び出した。


 クレリックとは、最近、関係が良くない。ゴネられても面倒なので全員に伝える形にすれば下が動く。


 急遽の呼び出しに戸惑う3人だったが、そんなことは気にもせず、切羽詰まった様子で詰める。


「どんな手を使っても構わん。ヘーゼン内政官が保有している食料を全て接収しろ」

「「「はっ?」」」


 突然の命令に、3人は同時に聞き返す。ダゴルとしても説明に困った。個人の資産は厳格に帝国法で保証されている。どのような理屈であれ、無理が生じてくるのは承知の上だ。


 そんな中、次長のクレリックが落ち着いた様子で隣を見る。


「モルドド内政官。可能か?」

「いえ。あり得ないです」

「……っ」


 あまりにも清々しく、キッパリと言い切られたので、ダゴルは狼狽する。


「貴様……じょ、上官の命令が聞けないのか?」


 凄んだ表情で睨みつけるが、モルドドは冷静に答える。


「そういう次元ではありません。この命令は、将官自ら帝国法の違反を強要させるという事です。従えば、最悪告発される事態にまで発展します」

「緊急事態なんだ!」

「法というのはそういうものです。緊急事態という名目でなんでもできれば、それこそ意味がないでしょう」

「……っ」


 ダゴルは次長のクレリックを睨むが、特にモルドドの言動を叱責する様子はない。元々、この2人は明確に意志表示をするタイプだ。


 上官の命令に盲目的には従わない。己の優秀さでのし上がってきた叩き上げだ。特に、モルドドは調整役として他領のパイプも多いので、下手を打つと危険だ。


 もちろん、能力も申し分ないので部下としては重宝しているが、このような道理に合わないような時は、非常に煩わしい。


 そんな中、クレリックが冷静な表情で尋ねる。


「そもそもの発端を説明していただけますか? 私たちも事情を聞けば、他の策が浮かぶかもしれない」

「くっ……」


 ダゴルは仕方なく、事の顛末を説明した。


 そして、数十分後、3人とも非常に苦い表情を浮かべる。


「なるほど……しかし、非常に難しい状況ですな」


 クレリックがつぶやく。


「そ、そうなんだ。一刻も早く補給を再開しなければ、ドクトリン領の信頼が大きく損なわれる」

「そうではなく、最前線ライエルドの戦線が崩壊する、という事ですね?」

「……っ、ゴホン。そうとも言えるな」


 ハッキリと冷たい物言いのクレリックに、ダゴルはバツの悪そうに答えた。


「し、しかしなんでこんな事に? 先日、ルート統合による危険性について、献策を提出したではないですか?」


 次長補佐官のビドルが、オドオドした様子で尋ねる。


「き、気持ちはわかる。しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。ち、チームだ。ワン・チーム。ワン・フォア・オール。オール・フォア・ワン! チーム、ドクトリン領で一丸となって――」

「その理屈のどこに、オール・フォア・ワンが存在するのですか?」

「……っ」


 クレリックの言葉は、ますます冷たくなる。


「献策を提案したのは、他ならぬヘーゼン内政官ですよ? しかも、彼が民のことを思って行った施しを、むしり取るなんて。どれだけ非道な部署なんだと他から白い目で見られますよ?」

「……っ」


 全然、折れない。それどころか、明確な不満を表明し、依然として、難しい顔をしたまま腕を組んでいやがる。


「こ、この際、仕方がないだろう。別に貴様にやらせろとは言ってない。ぶ、部下にやらせればいいだろう?」

「なら、ご自分で命令しては? あなたが独断で異動させた、ギモイナとバライロに」

「……っ」


 クレリックの雑な物言いに、ダゴルは絶句した。


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